もちおじんじゃ
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楽しみ方母智丘神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2024年12月09日(月) 21時08分27秒
参拝:2024年11月吉日
町田市の芹ヶ谷公園に隣接してご鎮座しています。ご由緒によると、大正8年に日向国北諸県郡庄内町地内(現宮崎県都城市)石峰山山頂に鎮座せる母智丘大神の御分霊を勧請したことにはじまるそうです。ご祭神は豊受姫大神と大歳大神になります。
以前フォロワー様の投稿を拝見して「母智丘」という名称が初見では読めず、とても気になりました。今回ご縁をいただき参拝する運びとなり、宮崎県の本社のご由緒等を調べたところ、前田厚 著の『母智丘正史』に名称の考察があり、町田に勧請された黒木氏のご先祖様と思われる方のお名前も載っておりました。
【母智丘の名称考】
母智丘には昔から2つの名称があったといいます。
1つは「石牟礼(いしむれ)」で「石峰」とも呼ばれる。牟礼は峰と同じ意味で高い所のこと。史上に出たのは庄内地理志が最初で文政年間のことだが、この名称が生まれたのは遥か昔のことだと思われる。
もう1つは「もちお」である。
もちおの名が史上に現れたのは検地帳で文禄年間かその後と思われる。その時は「持尾」と書いてあったという。
もちおのもちは「餅」のことだと筆者はいいます。明治3年に三島地頭が手を加えるまでは、この地は餅のように丸い美しい草岡で、「餅のような岡」から人々は自然と「もちお」と呼ぶようになったというそうです。
筆者は母智丘は万葉仮名で漢字に意味はないだろうといいます。どうしてこの字を用いたのかは、名称を母智丘と定めた三島地頭のみぞ知るといったところですかね🤔
他にも面白い伝承がたくさんあって非常に興味深かったです。
以前フォロワー様の投稿を拝見して「母智丘」という名称が初見では読めず、とても気になりました。今回ご縁をいただき参拝する運びとなり、宮崎県の本社のご由緒等を調べたところ、前田厚 著の『母智丘正史』に名称の考察があり、町田に勧請された黒木氏のご先祖様と思われる方のお名前も載っておりました。
【母智丘の名称考】
母智丘には昔から2つの名称があったといいます。
1つは「石牟礼(いしむれ)」で「石峰」とも呼ばれる。牟礼は峰と同じ意味で高い所のこと。史上に出たのは庄内地理志が最初で文政年間のことだが、この名称が生まれたのは遥か昔のことだと思われる。
もう1つは「もちお」である。
もちおの名が史上に現れたのは検地帳で文禄年間かその後と思われる。その時は「持尾」と書いてあったという。
もちおのもちは「餅」のことだと筆者はいいます。明治3年に三島地頭が手を加えるまでは、この地は餅のように丸い美しい草岡で、「餅のような岡」から人々は自然と「もちお」と呼ぶようになったというそうです。
筆者は母智丘は万葉仮名で漢字に意味はないだろうといいます。どうしてこの字を用いたのかは、名称を母智丘と定めた三島地頭のみぞ知るといったところですかね🤔
他にも面白い伝承がたくさんあって非常に興味深かったです。
すてき
投稿者のプロフィール

ひなぎく848投稿
幼少期から神社や神話に触れてきました。ご由緒やその土地の歴史、かかわる人々に想いを馳せたり考察をするのが好きです。歴史を調べながら関連する場所を数珠繋ぎに巡っています。 すてきやフォローありがと...もっと読む
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