とよかわいなり
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楽しみ方豊川稲荷のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年01月16日(金) 22時31分38秒
参拝:2026年1月吉日
豊川稲荷は、千代田区神田錦町にある稲荷神社です。豊川稲荷の創建年代等は不詳ながら、戦災により昭和19年に社殿焼失、それ以前は豊川稲荷ではなく稲荷が祀られていたと伝えられ、昭和23年三河豊川稲荷の吒枳尼天を勧請して再建したといいます。
神田錦町二丁目に所在する当社の創建・由来など詳細は不明であるが、昭和一九年一一月二九日に戦災のため社殿などが焼失した。それ以前は、豊川稲荷から分霊されたものではなかったが、町会の人々によって祀られていた稲荷社があったと伝えられている。昭和二三年、町内有志によって三州豊川稲荷本山に参拝し、改めて御尊体「豊川吒枳尼天」を分霊して、社殿の再建を果たした。この時に「東京豊川豊珠講」が結成され、当時の記録によれば講員は約三〇〇人であった。講員は、この地域の居住者に限らず区内全般、区外にも存在していた。当時は、毎年一回(五月)は総本山の妙厳寺(愛知県豊川市)に参詣して、毎年二月の初午には赤坂豊川稲荷に詣でるなどという活動であった。また当地は神田神社の氏子地域であり、神田祭の際には、神酒所が設けられている。 当社は、神田錦町二丁目町会と豊珠講が協力して維持され、町会所有の敷地に鎮座してきたが、平成九年に町会が法人化された。それ以降も豊珠講を中心に信仰されてきたが、数年前から講元不在となったため、現在は講としての活動はしておらず、信者は個々で赤坂豊川稲荷に参詣している。しかし、正月や初午の飾りつけなどは町会関係者によって継続され、地域の守護神として人々に広く信仰されている。(「千代田の稲荷」より)
隣に町内会館があります。
今も神田は町内会が大切に引き継がれているんだなと思いました。
神田錦町二丁目に所在する当社の創建・由来など詳細は不明であるが、昭和一九年一一月二九日に戦災のため社殿などが焼失した。それ以前は、豊川稲荷から分霊されたものではなかったが、町会の人々によって祀られていた稲荷社があったと伝えられている。昭和二三年、町内有志によって三州豊川稲荷本山に参拝し、改めて御尊体「豊川吒枳尼天」を分霊して、社殿の再建を果たした。この時に「東京豊川豊珠講」が結成され、当時の記録によれば講員は約三〇〇人であった。講員は、この地域の居住者に限らず区内全般、区外にも存在していた。当時は、毎年一回(五月)は総本山の妙厳寺(愛知県豊川市)に参詣して、毎年二月の初午には赤坂豊川稲荷に詣でるなどという活動であった。また当地は神田神社の氏子地域であり、神田祭の際には、神酒所が設けられている。 当社は、神田錦町二丁目町会と豊珠講が協力して維持され、町会所有の敷地に鎮座してきたが、平成九年に町会が法人化された。それ以降も豊珠講を中心に信仰されてきたが、数年前から講元不在となったため、現在は講としての活動はしておらず、信者は個々で赤坂豊川稲荷に参詣している。しかし、正月や初午の飾りつけなどは町会関係者によって継続され、地域の守護神として人々に広く信仰されている。(「千代田の稲荷」より)
隣に町内会館があります。
今も神田は町内会が大切に引き継がれているんだなと思いました。
すてき
投稿者のプロフィール

かおり1773投稿
誰も行かないような静かなお寺、神社が好きです。 地元の方、神社の所有者(小さい神社、祠は私有地が多い)に現地で話を聴き、ネットにない情報をホトカミあげてます。 しかあし! 私の投稿を読む人は1...もっと読む
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