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やなぎもりじんじゃ

柳森神社のお参りの記録(1回目)
東京都秋葉原駅

投稿日:2025年08月24日(日) 07時23分44秒
参拝:2025年8月吉日
この日、友人と会う待ち合わせ時間前の夕刻に訪問しました。秋葉原駅から6分ほど、神田川沿いに鎮座しています。橋を渡る前、対岸に「柳森神社」と書かれた大きな看板が見えて来ます。

柳森神社。御祭神は倉稲魂大神(くらいなたまのおおかみ)。長禄2年(1458年)太田道灌が江戸城の鬼門除として現在の佐久間町一帯に植樹した柳の森に鎮守として祭られたのがはじまりとされ、万治2年(1659)に神田川堀割の際に現在地に移りました。
通称「おたぬきさん」と呼ばれる柳森神社は、江戸幕府5代将軍の徳川綱吉の母、桂昌院(けいしょういん)が信仰した福壽神(ふくじゅしん)が祀られ、「たぬき=他に抜きんでる」ということから、立身出世や勝負事・金運向上・商売繁盛・良縁などに御利益があるとして信仰を集めてきました。
柳森神社はまたの名を柳森稲荷神社といいます。そのため、土堤(どて)の稲荷、方除(ほうよけ)いなり、火防(ひぶせ)のいなりなどの俗称がありました。土堤のいなりとは、神社が『江戸名所図会』をはじめ広重の絵などに描かれ、歌にも詠まれる景勝地であった柳原堤に位置していたことに由来します。方除いなりは、江戸城の鬼門除の社であったことに、火防いなりは金亀山稲荷つまり城中火防の社であったことに由来しています。

訪問した日は、小雨がぱらつく蒸し暑い日でしたが、私の滞在中に訪れる人は数名程度。本殿前のお稲荷さんが可愛らしい。自分も桂昌院さんにあやかって福壽神様にもしっかり願かけして来ました。

境内に置かれている13個の「力石群」。千代田区の有形民俗文化財に指定されています。江戸時代に若者の間で、重量のある大きな石を持ち上げて力比べを競う行事が流行ったそうです。ここの力石群は、大正期の力士でもあった(しかも大関)神田川徳蔵とその一派が使っていた石との事。昔の人はどれだけ力持ちだったのかと、見るからにずっしりと重そうでした。
柳森神社(東京都)
神田川沿い。対岸に見える「柳森神社」の大きな看板が目印。
柳森神社(東京都)
歩道側から少し下って鳥居に向かう。
柳森神社(東京都)
手水鉢。元禄期のもので、神社に現存するものとしては最古。
柳森神社(東京都)
お稲荷さん
柳森神社(東京都)
お稲荷さん
柳森神社(東京都)
本殿
柳森神社(東京都)
五代将軍綱吉も信仰したという福壽神。
柳森神社(東京都)
金比羅宮。
柳森神社(東京都)
13個の力石群。千代田区の有形民俗文化財。同様なものが神田明神の境内に見られるが、こちらは大正期のもの。

すてき

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