法性寺は、浄土宗の寺院で、東海山と号します。寛永初年に霊巌寺の学寮として霊巌島に創建され、江戸時代の早い時期から宗教教育の中心地として機能してきました。明暦の大火(1657年)によって一度焼失しますが、万治元年(1658年)には霊巌寺とともに深川へ移転し、新たなスタートを切ります。
移転後も法性寺は、檀林道本山霊巌寺の一部として、宗門徒弟の教育に尽力してきました。明治11年(1878年)には、東京府から寺号を正式に許可され、より多くの信者を受け入れる基盤を整えました。
さらに、震災後には安禅寺を合併しました。