やきゅういなりじんじゃ
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楽しみ方箭弓稲荷神社のお参りの記録一覧

湯島天満宮様から6ヶ所目は和菓子屋さんへ行く途中で偶然見つけた箭弓(やきゅう)稲荷神社様へお参りさせていただきました😊
★箭弓稲荷神社★
元来は、伊勢亀山藩主石川主殿頭の大名屋敷の屋敷神でありましたが、徳川家光より銀杏を下賜されたことを機に"銀杏神社"と称されたという。明治時代に入り、大名屋敷も神社も一旦無くなりましたが、松山治郎吉が埼玉県東松山市にある箭弓稲荷神社の分霊を勧請し、箭弓稲荷神社と改称しました。関東大震災により社殿と御神木は焼失しましたが、御神木の一部から御神体と社殿木材を切り出し再建されました。
神社には、桂文楽•古今亭今輔ら古い芸人の名前のある額が掲げられています。 落語家の三遊亭円丈は当社の近くまで来ると参詣するといい、俳優の加山雄三はテレビ朝日系の番組「若大将のゆうゆう散歩」で訪れ紹介しました。
商売繁盛のご利益があるとされています。

古い建物の前に鳥居⛩️がちょこんと
反対側を歩いていたのでのぼりがなければ気づきませんでした


☆鳥居⛩️☆

☆お稲荷様☆
鳥居の両脇にいらっしゃいました🦊


☆参道☆
建物の中が参道になっています



☆手水舎☆

☆御本殿☆
建物を抜けて外にでると御本殿があります


おまけ
お参りの後に目的の和菓子屋さんへ😊
買いたかったうさぎのお饅頭は完売していました😢

こちらは御朱印ならぬ御菓印といいます😊
本店だけでいただけます。
御菓印も集めているので頂いてきました😄

箭弓稲荷神社は、東京都台東区上野(黒門町)にある神社である。もともとは石川主殿頭(いしかわとのものかみ)の屋敷神として祀られていたが、江戸幕府三代将軍・徳川家光から銀杏の木を授かったことを機に、「銀杏神社」と呼ばれるようになった。
● 明治時代に箭弓稲荷神社の分霊を勧請
明治時代に入り、埼玉県東松山市の箭弓稲荷神社から分霊を勧請し、現在の箭弓稲荷神社となった。宗教法人には属していない。
● 落語家や芸能人との縁
神社には、桂文楽や古今亭今輔といった落語家をはじめ、古くからの芸人の名が記された額が掲げられている。落語家・三遊亭円丈は神社の近くを通るたびに参拝していたという。また、俳優の加山雄三もテレビ番組「若大将のゆうゆう散歩」で訪れ、紹介している。
● 商売繁盛のご利益
箭弓稲荷神社は、商売繁盛のご利益があるとされ、多くの参拝者が訪れる。






往古より伊勢亀山藩・石川主殿頭成之の屋敷内にご鎮座されていて、徳川家光公より銀杏の木を拝領したことから「銀杏稲荷」といわれていたといいます。
明治維新に民家に移り、後に松山治郎吉氏が東松山の箭弓稲荷神社より御分社をうけてお祀りするようになりました。大正12年の関東大震災で社殿、ご神木が類焼したので、その一部をもって現社殿を造営したと伝わっています。
湯島天満宮から御徒町駅へ向かう道を調べようとしてGoogleマップを拡大したら偶然見つけて参拝しました。
実は、前日まで都内か東松山周辺どちらを巡ろうか迷っていて、結局最初の直感に従いこうして都内を巡ったわけですが、まさか分社に出会えるなんて思ってもいなかったので嬉しかったです😊



拝殿手前に階段があり2階が社務所?になっているようです。


破風にお稲荷様

手水舎

湯島散策II①
大雪予報の日、早朝からの仕事に備えて湯島辺りのホテルに宿泊したところ、お隣に小さな神社がありました。嬉しいな。


夜は鳥居の後ろでシャッターが閉まっていたのですが、朝見るとちゃんと境内がありました。


御神木は

聳え立つ銀杏


お隣の古美術商の奥様のお話では、以前はお祭りに末廣亭から芸人さん達がみえて出し物をして賑わったそうです。
筋向かいにあった広場がなくなってしまったようです。


由緒書きによると、家光公から銀杏の御神木を拝領、関東大震災で類焼してしまった御神木で御神体を彫り今の社殿を造営したとのこと。銀杏造りって珍しいですよね。
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