真言宗智山派
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楽しみ方正福院のお参りの記録一覧
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元浅草の静かな寺町に佇む、真言宗智山派の寺院・正福院を訪れました。
門へと向かう道すがら、冬の終わりを告げるように河津桜の鮮やかなピンクの花が塀越しに顔を覗かせており、その華やかな色彩に思わず心が浮き立ちます。このお寺は、江戸時代から「新府内八十八ヶ所」の第六十一番札所として、また「御府内八十八ヶ所」の第六十一番札所としても多くの巡礼者に親しまれてきました。境内に入ると、都会の喧騒を忘れさせるような凛とした空気が流れており、本尊である大日如来様、そして弘法大師様、興教大師様の御前で、日々の平穏を静かに祈願いたしました。
参拝後に拝受した御朱印には、中央に本尊である「大日如来」の尊名が力強く揮毫され、その上には仏様の智慧を象徴する梵字の印が鮮やかに押されています。右側には「御府内八十八ヶ所第六十一番」の添え書きとともに、弘法大師、興教大師の両大師のお名前も記されており、まさに真言密教の聖地であることを物語っています。早咲きの桜に春の訪れを感じることができた、非常に清々しく、心豊かな参拝となりました。


正福院は、1611年に東京都中央区浜町で創建されました。ご本尊には大日如来(金剛界)が祀られ、江戸時代初期の信仰の象徴として多くの人々に親しまれてきました。1645年には、第三代将軍徳川家光の時代に現在の台東区に移転しました。
●開基とその背景
正福院の開基は望月貞久であり、彼の尽力によって寺院が創設されました。また、最初の住職である源秀は、寺の精神的支柱として多くの人々に信仰を広めました。寺院の山号は「望月山」と名付けられ、貞久の名に由来しています。
●柳の稲荷の由来
1718年、望月貞久の子孫が夢の中で伏見稲荷の神様からのお告げを受け、柳の木の下に稲荷社を建立しました。これにより「柳の稲荷」と呼ばれるようになりました。
●戦災からの復興
1945年の東京大空襲で正福院は大きな被害を受けましたが、その後復興が進み、1953年には本堂が再建されました。焼失を免れた大日如来像や弘法大師像が現在も安置されました。
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