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清見寺のお参りの記録(1回目)
東京都新高円寺駅

投稿日:2025年02月24日(月) 10時13分06秒
参拝:2025年2月吉日
瑞雲山清見寺(ずいうんざん せいけんじ)は、東京都杉並区梅里にある曹洞宗の寺院で、「馬橋の灸寺」として知られている。かつてこの地域は「馬橋」と呼ばれており、その名残が通称に残る。「灸寺」の由来について、現住職によれば、先々代の住職が鍼灸の技術を持ち、檀家や近隣住民に治療を施していたことにあるという。明治末期から灸治療が行われており、かつて本堂脇には「官許、瑞雲山清見寺、名灸点」の看板が掲げられていたという。

● 歴史を刻む本堂と境内
清見寺の開創は寛永年間(1624~1644年)とされるが、元禄年間(1688~1704年)には火災に遭い、本堂を焼失。その後、1936(昭和11)年に練馬区の道場寺の本堂を移築し、さらに1993(平成5)年に現在の本堂が新築された。本堂の軒には風鐸(ふうたく)が吊るされ、山門からも見える高さ3mの石仏が並ぶ。これらの石仏は、1934(昭和9)年に清見寺の檀家であった関口家が寄進したもので、左から弘法大師、観世音菩薩、地蔵菩薩が安置されている。

● 杉並区の小学校発祥の地
清見寺は、杉並区における近代教育発祥の地の一つとされる。1875(明治8)年、東京府中野村(現・中野区)に開校した桃園小学校の分校が、馬橋村や高円寺村など周辺地域の児童のために清見寺内に設置された。その後、1876(明治9)年に独立し、桃野学校と改称。1884(明治17)年まで存続した。現在も山門脇に杉並区教育委員会による説明板が設置されており、杉並第一小学校の児童が見学に訪れる。

● 文化財と地域の歴史
清見寺には、江戸時代に馬橋村や阿佐ヶ谷村の村民が奉納した地蔵石像が残されている。また、かつて寺の北東側には馬橋村の高札場があり、幕府の法令が掲示されていた。寺の前を通る青梅街道は、江戸時代に整備された幹線道路であり、現在も杉並区の主要道路として機能している。
清見寺(東京都)
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