ほうせんじ|真言宗 豊山派|明王山
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楽しみ方宝仙寺のお参りの記録一覧(2ページ目)

昨年、一昨年も、こちらで花まつりのお参りをしていたので、今年も行ってきました。
8日のみのところが多いですが、4/1〜御本堂入ってすぐの場所に花御堂が設置されているので、雨でも甘茶をかけてお参りができます。
仁王門、三重の塔、広々とした境内…。
書院寄りに、ソメイヨシノが数本あり、満開の時は華やかで素敵でしたが書院の新築工事の伴い数本残して伐採してしまったようで残念です。
御朱印は、右手の受付で、書き入れていただけます。とてもとても丁寧な対応をしていただきました。













週末の長雨がやっとあがりました。お稽古事に行く前に、こちらも近くでありながらお参りは初の宝仙寺へ。平安後期1087〜94年の間に、源義家(八幡太郎義家)の創建。
後三年の役のあと、陣中に護持していた不動明王像を安置するために建立したそう。たいそう霊験あらたかな不動明王さまだそうです✨
これで大宮八幡宮、多田神社、宝仙寺と歴史の流れが繋がりました😌

関東三十六不動尊霊場15番
御本尊の不動明王様は秘仏だそう

大木の緑に映える山門

立派な仁王さま

三重塔と石臼塚

ご本堂
歴代将軍のお鷹狩の休憩所にもなった由緒あるお寺

六地蔵の後ろの見返り地蔵は、西の方を向かれています。極楽浄土に往生するまで見送ってくださるそう。お優しいですね😌

【必見情報】
所在地:東京都中野区中央2−33−3
山 号:明王山
宗 派:真言宗豊山派
寺 格:
本 尊: 不動明王
創 建:1087〜1094年(寛治年間)
#関東三十六不動尊霊場 第15番札所
2023年3月15日〜16日、仕事で千葉に出張だったのですが、何故か無性にお不動さんに会いたくなって、中野区にある宝仙寺さんにお参り〜😊偶然にも奈良長谷寺が所有する本尊十一面観世音菩薩の巨大画軸のテストお披露目に遭遇😳弘法大師生誕1250年にあたる2023年6月15日に宝仙寺の記念イベントでお披露目するとのこと。この掛軸幅約6m、高さ約16mあり。2021年6月には毎日新聞で掛けられない掛軸と紹介されていた。写真からもその巨大さがわかります。
一眼見たいという方は6月15日、是非中野区の宝仙寺さんへお参りください。












中野区でも広大な真言宗豊山派の寺院にお参りしました😊千年近くの歴史がある古刹です✨関東三十六不動霊場第十五番礼所、御府内八十八ヵ所第十二番礼所めぐり😊

入り口に寺号標

阿・吽一対の仁王像が納められている山門(仁王門)





中野町役場跡碑(明治28年から昭和初期まで中野町役場が、また区役所が境内に置かれた。)

珍しい見送り地蔵と六地蔵が並んでいます。奥に五輪塔が立ち並ぶ代々の住職の墓地があります。

手前に臼塚(供養のため噴水として積み上げた石臼、頂上の物は昔甘酒を擦ったもの)、次に三重塔(再建された飛鳥様式の純木造建築の塔)

鎌倉期の不動明王を中心に五大明王像が安置されている本堂、右手の書院は大規模な工事中。

弘法大師像

弘法大師の尊像が安置されている御影堂

関東三十六不動尊霊場の御朱印



東京メトロ丸の内線中野坂上駅から徒歩で10分程。
関東三十六不動尊札場ということもあり行きました。
御朱印は各300円。

本堂

石柱

仁王門

仁王像 阿形

仁王像 吽形

石臼塚

石臼塚由来

鐘楼

三重塔

三重塔由来

弘法大師像

御影堂

御影堂由来





2番出口から

4月8日は、花まつり(お釈迦様のご生誕をお祝いする日)
宝仙寺さんでは、4/1~4/8迄、本堂前に花御堂をおまつりされていて、参拝者も灌仏(お釈迦様の仏像に甘茶をかけること)させていただけます。
お釈迦さまの誕生仏に甘茶を灌ぐことで『潅仏会(かんぶつえ)』とも言われるそうです。
甘茶を灌ぐのは、お釈迦様がご誕生になった時、天から甘露の法雨が降ったことに由来されるとのこと。
私も甘茶を灌いでお参りさせていただきました🙏
今日は昨日からの強風と雨模様。人を避けるため、敢えて今日、お参りに行ってきましたが、
予想通り誰もいなくて…ゆっくり出来ました。
コロナが無ければ、参拝者も甘茶やお菓子を有り難く頂けた花まつりですが…
コロナで色々なことが制限される日々は、まだまだ続きます…。













度々訪れる宝仙寺へ。
【武州多摩郡中野明王山聖無動院宝仙寺縁起】によると、宝仙寺は、平安後期の寛治年間(1087~94)源義家によって創建されたそうです。
青梅街道から「宝仙寺前」の信号を入ると、直ぐに立派な仁王門が見え、広い境内はとても静かでたくさん見所があります。
御朱印は以前頂いたので、前回の投稿にアップしています。

山門(仁王門)



御本堂


御影堂


御影堂前に安置されている日輪弘法大師の標識


本堂西側の八十八大師塔


本堂西側にある供養塔

三重塔裏に。引導地蔵尊坐像



臼塚、三重塔



青梅街道を中野坂上から荻窪方面に行くと、『宝仙寺』と言う信号があり、青梅街道からも、立派な仁王門の山門が見えます。
阿・吽一対の仁王像は、迫力あります。
本堂には、拝見したことはありませんが、鎌倉期の不動明王を中心に五題明王像が安置されているそうです。
広い境内は気持ちよく、三重の塔、臼塚などもあります。
写真にはありませんが、中野町役場跡碑があり、明治28年から昭和の初期まで、中野町役場が、また区役所が、境内にあったそうです。
鐘楼は平成28年に再建されたもので、鏡餅をズームで😊


御朱印は、以前いただいたものです。

御朱印は、以前いただいたものです。








関東三十六不動尊霊場 第15番札所 宝仙寺
『武州多摩郡中野明王山聖無動院宝仙寺縁起』によると、宝仙寺は 平安後期の寛治年間(1087~94)源義家によって創建されました。
このとき義家は、奥州・後三年の役を平定して凱旋帰京の途中にあり陣中に護持していた不動明王像を安置するための一寺を建立したのでした。
その地は 父頼義がかつて祭祀した八幡社のある阿佐ヶ谷の地でこの造寺竣成の時、地主稲荷の神が出現して義家に一顆の珠を与え「この珠は希世之珍 宝中之仙である是を以って鎭となさば 則ち武運長久 法燈永く明かならん」と言いおわるや白狐となって去りました。
これにより山号を明王山、寺号を宝仙寺と号したと伝えられます。
また、鎌倉時代には相模国大山寺の高僧願行上人が当寺を訪ねられ、本尊の不動明王像をご覧になってその霊貌の凡常でないことに驚かれ、あやまって尊像を穢してはいけないと厨子の奥深くに秘蔵せられました。
平素の拝礼には別の不動明王像を刻してこれに当てさせました。
その後、室町時代には当寺中興第一世聖永が現在の地に寺基を遷しました。
江戸初期の寛永13年(1636)には三重塔が建立され、江戸庶民にも親しまれ歴代将軍の尊崇もあつく御鷹狩りの休憩所としても有名でした。
宝仙寺の大伽藍は昭和20年の戦禍により焼失。 現在の伽藍は昭和23年より順次復旧したものです。

寺号標

仁王門



鐘楼

三重塔

本堂


御影堂



関東三十六不動の3か所目は、15番札所の中野不動尊こと中野区の宝仙寺(ほうせんじ)。
戦前は中野町役場が置かれていた場所です。
山門をくぐるととても広々とした境内です。

関東三十六不動15番札所、宝仙寺・中野不動尊の御朱印です。
本堂右側の大書院で頂きます。

山門と標号

境内

宝仙寺の本堂。
鎌倉期の不動明王を中心に五大明王像が安置されおります。

中野町役場跡碑と鐘楼

宝仙寺の三重塔。
最初、江戸初期に建てられたもので、大空襲で焼けてしまいましたが、平成4年の興教大師八百五十年遠忌記念に再建されたものとのこと。
驚くことに、最初の塔の施工主は地元の農民の飯塚惣兵衛という人でした。
江戸時代に一般の人が三重塔を建てるって、すごいですよね。
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