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萬昌院功運寺のお参りの記録(1回目)
投稿日:2022年12月27日(火)
地下鉄東西線「落合駅」下車徒歩8分。曹洞宗寺院。ご本尊は釈迦如来です。
元々「萬昌院」と「功運寺」は、それぞれ別の寺院で昭和23年に合併しました。
萬昌院は、1574年今川義元の三男である今川長得を開基として創建しました。
江戸時代初期には姻戚関係に極めて近かったということで、吉良家の菩提寺として創建されました。
功運寺は、1598年永井尚政を開基として創建しました。
徳川秀忠のもとで老中を勤めた人物でもあります。
ここには著名人の墓が眠っており、なんといっても吉良上野介義央の墓があります。
また、外科医として、松の廊下事件では治療を施した栗崎道有の墓が眠っています。
12月14日は義士祭で赤穂浪士の参拝が多かった中で、その赤穂事件で「敵」となってしまった吉良上野介への参拝です。
その吉良上野介は、幕府の要人で善政を尽くしたそうで、今でも参拝は絶えないそうです。
敷地が幼稚園にあたるので、受付をして参拝です。境内は許可なきも撮影禁止ということでしたが、パンフレットをいただきました。
ちなみに園長が作務をしていましたが、御朱印をいただくことができました。
元々「萬昌院」と「功運寺」は、それぞれ別の寺院で昭和23年に合併しました。
萬昌院は、1574年今川義元の三男である今川長得を開基として創建しました。
江戸時代初期には姻戚関係に極めて近かったということで、吉良家の菩提寺として創建されました。
功運寺は、1598年永井尚政を開基として創建しました。
徳川秀忠のもとで老中を勤めた人物でもあります。
ここには著名人の墓が眠っており、なんといっても吉良上野介義央の墓があります。
また、外科医として、松の廊下事件では治療を施した栗崎道有の墓が眠っています。
12月14日は義士祭で赤穂浪士の参拝が多かった中で、その赤穂事件で「敵」となってしまった吉良上野介への参拝です。
その吉良上野介は、幕府の要人で善政を尽くしたそうで、今でも参拝は絶えないそうです。
敷地が幼稚園にあたるので、受付をして参拝です。境内は許可なきも撮影禁止ということでしたが、パンフレットをいただきました。
ちなみに園長が作務をしていましたが、御朱印をいただくことができました。
すてき
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地元横浜を中心に「街の小さな寺院」を巡る「寺(テラ)」リスト。
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