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楽しみ方丈六寺のお参りの記録(1回目)
投稿日:2024年12月22日(日) 19時14分33秒
参拝:2024年12月吉日
【瑞麟山(ずいりんざん)慈雲院(じうんいん)丈六寺(じょうろくじ)】
本尊:釈迦如来・聖観音
宗派:曹洞宗
中興:細川成之・金岡用兼(開山)
丈六寺は、徳島県徳島市丈六町丈領に位置します。丈六寺の歴史は古く、650(白雉元)年に関東地方よりたどりついた尼僧が、この地に庵を構えたことにはじまると伝えられています。室町時代中期、阿波国・三河国・讃岐国の守護大名 細川成之が金岡用兼を招いて宗派を曹洞宗に改めて中興開山し、伽藍を整備しました。
寺号の丈六寺は、丈六仏(仏の身長が一丈六尺(約4.8m)あったとの伝承から、立像で4.8m、坐像ではその半分の2.4mの像)の観音像を安置していることが由来となっているようです。
徳島県内の寺院の中では文化財が多く、別名「阿波の法隆寺」と呼ばれています。
本尊:釈迦如来・聖観音
宗派:曹洞宗
中興:細川成之・金岡用兼(開山)
丈六寺は、徳島県徳島市丈六町丈領に位置します。丈六寺の歴史は古く、650(白雉元)年に関東地方よりたどりついた尼僧が、この地に庵を構えたことにはじまると伝えられています。室町時代中期、阿波国・三河国・讃岐国の守護大名 細川成之が金岡用兼を招いて宗派を曹洞宗に改めて中興開山し、伽藍を整備しました。
寺号の丈六寺は、丈六仏(仏の身長が一丈六尺(約4.8m)あったとの伝承から、立像で4.8m、坐像ではその半分の2.4mの像)の観音像を安置していることが由来となっているようです。
徳島県内の寺院の中では文化財が多く、別名「阿波の法隆寺」と呼ばれています。

【総門(一の門)】

【中門(二の門)】

【鐘楼】

【三門】
国の重要文化財。
国の重要文化財。

【鐘楼】

【本堂】
国の重要文化財。釈迦如来が祀られています。
国の重要文化財。釈迦如来が祀られています。

【本堂 扁額】

【振り返って見る三門】


【僧堂】

【徳雲院】


【徳雲院 血天井】
次のような伝説があります。
「戦国時代、土佐の戦国大名 長宗我部元親(ちょうそかべ もとちか)は四国平定の野望を抱き阿波国に攻め込んだ。那賀郡まで攻め入った際、ここを治める富岡城主の新開入道道善は勇猛で知られており攻めあぐねた。元親は一計を案じ、和議を申し入れ、道善を丈六寺に呼び出し酒宴を開いた。和議の条件として、道善に対し四国統一の後に富岡城主の地位を確保し勝浦郡を与えるという案を示した。好条件に道善主従は大いに満足し、酒宴は盛り上がった。道善主従が、夕刻、宴を辞して帰ろうと縁側に出たところを、隠れていた元親の家臣に襲撃された。道善主従も応戦したが、多勢に無勢で全員殺害された。この時の手形や足形の血痕は、拭っても消えなかったと言われる。」
この縁板を天井に用いて後世造られました。
次のような伝説があります。
「戦国時代、土佐の戦国大名 長宗我部元親(ちょうそかべ もとちか)は四国平定の野望を抱き阿波国に攻め込んだ。那賀郡まで攻め入った際、ここを治める富岡城主の新開入道道善は勇猛で知られており攻めあぐねた。元親は一計を案じ、和議を申し入れ、道善を丈六寺に呼び出し酒宴を開いた。和議の条件として、道善に対し四国統一の後に富岡城主の地位を確保し勝浦郡を与えるという案を示した。好条件に道善主従は大いに満足し、酒宴は盛り上がった。道善主従が、夕刻、宴を辞して帰ろうと縁側に出たところを、隠れていた元親の家臣に襲撃された。道善主従も応戦したが、多勢に無勢で全員殺害された。この時の手形や足形の血痕は、拭っても消えなかったと言われる。」
この縁板を天井に用いて後世造られました。

【経蔵】
国の重要文化財。
国の重要文化財。


【観音堂】
国の重要文化財。聖観音が祀られています。
国の重要文化財。聖観音が祀られています。

【聖観音坐像】
国の重要文化財。
国の重要文化財。

【墓石群】

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