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徳島県 文化の森駅

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くるくるきよせん
くるくるきよせん
2025年05月10日(土)3142投稿

徳島市にある神社です。
眉山の裏手の上八万町にあります。
10kmも離れずに 八十八霊場寺院がいくつかあります。
住宅街というよりは田園地帯という感じで 周りには田畑がいっぱいです。
境内には境内社もありますが 清めの岩や力の泉 夫婦杉の樹根など 建物以外で見るものが複数あります。
御朱印を拝受しようと 宮司様のご自宅のピンポンを押してお願いしたところ 宮司様が境内を案内してくださいました。
社務所の奥に保管されている 神代文字の版木を見せてくださいました。こちらは文化財にも指定されています。
そもそも版木が残っているだけでもすごいと思いましたが それが神代文字ですからなおのことです。
力の泉は 今も井戸に水が湧いており ポンプを使ってだと思うのですが 境内の水道の蛇口からも出ています。
お忙しいであろう時間帯に わざわざご案内いただき 感謝いたしています。

ネット情報です。
創祀年代は不詳。
平安時代前期の貞観16年(874年) 従五位下に叙せられた。もとは式内社名を称した。
御祭神は大苫邊尊。『古事記』にある神世七代の五代目の兄妹神の妹神 女神であり そのために 「比売神社」か。
ちなみに 伊弉諾尊・伊弉册尊は七代目なので それよりも古い神ということになる。
式内社の中で 苫邊尊を祀るのは当社が唯一。また 兄神である大戸之道尊とともに祀られない 珍しいパターンともいえる。
「意富(オホ)」は「大(オオ)」を 「門麻(トマ)」は「泊(トマリ)」 つまり港を意味するという。
そのため 現在の上八万町にあたる「八萬津」を祀る神であり 昔は「大きな港」があったことを示すともされる。
もとは現在地の南500メートルほど 上八万小学校の西南の山腹に鎮座していたという。
現在 古社地は農地になっているという。
天正年間(1573年-1593年) 長宗我部元親による阿波国侵攻の際 兵火により社殿が焼失した。
その後 神林地としての現在地に社殿が再建された。
その時より宅宮大明神として奉斎されたという。
現在までに 日本唯一の家宅の守護神である。

宅宮神社(徳島県)

正面石鳥居

宅宮神社(徳島県)

由緒書

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