かんおんじ|高野山真言宗|光耀山(こうようざん)
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憧れの四国八十八霊場巡り 3日目の続きです。
16番札所のお寺です。
15番札所国分寺から2kmほどの住宅街にあります。
山門すぐ横に駐車場があるので 参拝しやすいです。
山門をくぐってすぐ正面に本堂があります。
本堂の正面の梁にはカラフルな龍の彫刻があります。
他に彫刻が見られないので ここだけピンポイントで美しさを引き立てています。
本堂はまあまあ最近修復工事をされているようで 山門や大師堂に比べて新しさが見受けられるので 少しだけ ほんの少しだけ 嬉しくありませんでした。
大師堂には彩色はありませんでした。
本堂手前には仏足石が 左手には大師修行像が 右手には大師堂が 右手前には夜泣き地蔵様がおられます。
子どもの夜泣き止めをお願いするそうです。
広くない境内ですが 見るものは多いです。
この時もお遍路さんが切れることはありませんでした。
山号は光耀山
院号は千手院
宗旨宗派は高野山真言宗
ご本尊は千手観音
です。
ご真言とご詠歌は
本尊真言:おん ばさら たらま きりく
ご詠歌:忘れずも 導きたまへ観音(かんおん)寺 西方(さいほう)世界弥陀(みだ)の浄土へ
でした。
由緒については
寺伝によれば 創建は天平13年(741年)に聖武天皇が国分寺建立の勅命をだしたのと同時期 行基菩薩に命じて勅願道場として建立されたと伝わっています。
1300年以上の歴史があるお寺です。
その後 弘仁7年(816年)にこの地を訪れた弘法大師が御本尊の千手観音像を刻み 寺号を「観音寺」と改めました。
天正年間(1573年~1592年)には長宗我部元親による兵火で焼失し 荒廃していましたが万治2年(1659年)に3代目徳島藩主・蜂須賀光隆公が再建しています。
とありました。

【光耀山(こうようざん)千手院(せんじゅいん)観音寺(かんおんじ)】
本尊:千手観音菩薩
宗派:高野山真言宗
開基:弘法大師
第45代 聖武天皇(在位724-749)が国分寺を創建した際、勅願道場として建立されたのが寺のはじまりとされる。その後、816(弘仁7)年に弘法大師(774-835)が訪れ、本尊を祀って再興し、観音寺と名づけたという。一方、寺に伝わる宝物書によると、寺を開いたのは弘法大師で、大師自ら千手観音像を彫造して本尊としたと記されている。長宗我部元親による天正の兵火で焼失し、江戸初期 1659(万治2)年に再建された。

【16_T.Hamada's view】
山門(鐘楼門)

【16_夜泣き地蔵】
かつて阿波の国の中心地であったとされる国府町に建つ。ノスタルジックな山門の脇には、子供の健康や成長を祈願する「夜泣き地蔵」がある。(四国霊場開創1200年記念絵はがき)


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