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からすがもりじんじゃ

烏森神社の御由緒・歴史
栃木県 西那須野駅

ご祭神天照大神 豊受大神 倉稲魂命 印南丈作大命 矢板武大命
創建時代延喜2年(902年)
ご由緒

鳥森神社の前身、鳥ヶ森稲荷神社は、平安時代の延事2年(902年)上石上村(現、大田原市)の農人田守と言う人が、鳥ヶ森の丘の上に祠を建て、豊受媛命を祀り五穀豊穣を祈った事に始まると伝えられています。
創建必、那須野が原の鎮護の神として、この辺りを入会秣場(共同の草刈り場)として、利用した周辺54ヶ村の信仰、殊に厚く、祠が守られて来たと言われています。
鎌倉時代初めの建久4年(1193年)、将軍源頼朝の那須野巻狩りの際、この丘を展望所として、総指揮を執ったと伝えられ、神社の名は関東一円に広まったと言われています。
江戸時代から明治の初めにかけては、上石上村の村社こうとして守られてきました。
明治12年(1879年)11月14日後に総理大臣になられる、伊藤博文と松方正義が、地元開墾発起人の印南丈作、矢板武等の熱意ある要請に忘え、鳥ヶ森丘上から那須野が原を視察、開拓事業への協力を約し、その成功を祈願したと言われます。
明治14年(1881年)8月6日、明治天皇の御名代として、有栖川宮熾仁親王殿下が神社にご参拝、那須開墾社の印南、矢板等の開拓の労を賞せられ、松をお手植えになられました。
社殿の「鳥森神社」の扇額は殿下のお書きになられたものです。
明治15年(1882年)2月、那須開墾社は肇耕社(三島農場)の三島通庸にも呼びかけ、上石上村と共に浄財を募り、社殿建築に着手しました。
明治18年(1885年)4月15日、開拓事業の成功を祈願し、那須疏水開削の起工式が神前で行われました。
明治21年(1888年)、社殿竣工、4月5日、開拓者の氏神として、栃木県知事樺山資雄ほか来賓多数参列のもと還宮式(御神体を移す式)を盛大に執り行い、鳥ヶ森稲荷神社は「烏森神社」となりました。同時に神社を中心に松と桜を奉納植樹し公園化が図られました。
明治27 年(1894年)5月6日、松方正義、佐々木高行両伯爵、佐藤暢知事等の臨席を得て、開拓者等五百余名参列のもとに、那須開墾社の開墾成業式が神前で盛大に行われ、開墾事業の成功を神社に奉告しました。
以来、烏森神社は「開拓のおやしろ」として崇敬され、現在に至っております。

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