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2025年02月16日(日) 04時49分 byくし
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りゅうこくじ
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当寺は天正元年(1573)頃、超山羕越和尚を開基・開山としてこの西浦町に建立されていた小寺院を、寛永八年(1631)頃、永井尚征(1614~1673)を開基。日山佛光禅師景浮韓淑大和尚を御開山として再興、曹洞宗 大田山龍谷寺として開山されたのが起源である。 (寺院案内板より一部抜粋) ※案内板には開基者 永井氏の事跡・出自等が続くが長大なため割愛。永井尚征についてはWikipedia記事を添付。 【永代接待船供養塔】 かつて佐野市東部、現在の三杉川流域から三毳山の麓までは越名沼という大きな沼だった。 西浦村には、故郷を捨ててこの地に永住した市右衛門・登與(とよ)という夫妻がいた(後に出家し、自歓・妙心と名乗る) 夫妻は越名沼による交通の障害を除こうと決意し、 近在の四十四ヶ村を歓化して喜捨を集め、享和二年(1802)より、三十余年間、無料渡船の奉仕に一生を捧げた。 夫妻の没後も無料渡船は村人によって奉仕され、約百年も続けられたという。 三毳山中にある十三名石の一つにも、二人の姿を象った夫婦岩がある。
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《本尊》不明 《堂宇》自歓・妙心墓塔堂
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江戸時代初期の大名 永井尚政の中興開山による寺院。 かつて佐野東部にあった越名沼の無料渡船に尽力した自歓・妙心夫妻を祀った御堂がある。
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大田山
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天正元年(1573年)頃
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超山羕越
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