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2025年03月15日(土) 01時38分 byくし

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ご由緒
編集前
佐野市の「厄よけ大師」惣宗寺の末寺として建立された。同寺の兼務寺である。
開基など詳細は不詳であり、山号・院号なども不明。
惣宗寺が慶長7年(1602)に春日岡から、現在の地に移転して来た頃の建立ではないかと考えられる。
元和3年(1617)に徳川家康の御霊が、静岡県久能山から日光へ遷座する際に惣宗寺に一泊したが、翌日鹿沼の薬王寺へ向かう途中、一度ここ成就寺で休憩をとっている。
理由は不明だが、惣宗寺から直接薬王寺をめざすと
方角に障りがあったものと考えられる。
現在は堂宇はなく、本尊・不動明王は本寺である惣宗寺に安置されている。
(天台宗栃木教区宗務所HPより)
上記の徳川家康の日光改葬の故事から、弟之神社のある植野町公民館付近が境内だったと思われる。
※植野町付近には、現在は所在不明となっている以下の廃寺があった。
①佐野新四国八十八ヶ所霊場 第五番「地蔵院」
②佐野新四国八十八ヶ所霊場 第七番「宝勝院」
③佐野西国三十三観音霊場 第二十三番「常住院」
前後の霊場の位置を考えるとどれも可能性があり特定はできないが、②は現在は「春日岡院中」にあるとされており、③は次の二十四番が惣宗寺なので、このどちらかだったのではないかと思われる。
編集後
佐野市の「厄よけ大師」惣宗寺の末寺として建立された。同寺の兼務寺である。
開基など詳細は不詳であり、山号・院号なども不明。惣宗寺が慶長7年(1602)に春日岡から、現在の地に移転して来た頃の建立ではないかと考えられる。
元和3年(1617)に徳川家康の御霊が、静岡県久能山から日光へ遷座する際に惣宗寺に一泊したが、翌日鹿沼の薬王寺へ向かう途中、一度ここ成就寺で休憩をとっている。
理由は不明だが、惣宗寺から直接薬王寺をめざすと方角に障りがあったものと考えられる。
現在は堂宇はなく、本尊・不動明王は本寺である惣宗寺に安置されている。
(天台宗栃木教区宗務所HPより)
※上記の徳川家康の日光改葬の故事から、弟之神社のある植野町公民館付近にあったと思われる。
※なお植野町(植野村)には、現在は所在不明となっている以下の廃寺があった。
①佐野新四国八十八ヶ所霊場 第五番「地蔵院」
②佐野新四国八十八ヶ所霊場 第七番「宝勝院」
③佐野西国三十三観音霊場 第二十三番「常住院」
前後の霊場の位置を考えるといずれも可能性があり特定はできないが、②は現在は「春日岡院中」にあるとされており、③は次の二十四番が惣宗寺なので、このどちらかが有力と思われる。