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2025年03月15日(土) 02時34分 byくし

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ご由緒
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栃木縣史 第四巻 寺院編によると、開山は耀陽律師で元亀3年3月(1572年)が開基。
耀陽律師は乱を避けて佐野にきて、春日岡に至り現在の場所に草庵を作り終焉の地とした。律師を慕う者が多く集まり寺となった。春日岡惣宗寺の末寺に編入して今日に至ったとある。
編集後
栃木縣史 第四巻 寺院編によると、開山は耀陽律師で元亀3年3月(1572年)が開基。
耀陽律師は乱を避けて佐野にきて、春日岡に至り現在の場所に草庵を作り終焉の地とした。律師を慕う者が多く集まり寺となった。春日岡惣宗寺の末寺に編入して今日に至ったとある。
【七軒町の町名縁起】
元亀元年(1570)頃から普門寺ほか六軒の農家が現地に在
住していたところから、この地を七軒町と呼ぶようになり、明治初年に植野村七軒町と改名された。
ただし安政年間(
1854~1859)頃の一時期は、西新屋敷と呼ばれていた。隣接する植野町にも新屋敷という字名が残る。
見所
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七軒町の地名縁起となっている寺。
文化財
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「鏡延命地蔵尊」 は、栃木県重要文化財に指定されています。
天明と云えば千利休や織田信長、豊臣秀吉などが愛用した茶釜や茶器などで有名な鋳物の名産地で、その天明鋳物師の仏師第一人者といわれた長谷川弥一藤原吉半をはじめとする名工達により江戸享保年間の末頃建立されました。造身が78.8センチの半跏菩薩像で、鋳銅地蔵菩薩像としては最大級の大きさのお地蔵様と云われています。
編集後
「鏡延命地蔵尊」 は、栃木県重要文化財に指定されています。
天明と云えば千利休や織田信長、豊臣秀吉などが愛用した茶釜や茶器などで有名な鋳物の名産地で、その天明鋳物師の仏師第一人者といわれた長谷川弥一藤原吉半をはじめとする名工達により江戸享保年間の末頃建立されました。造身が78.8センチの半跏菩薩像で、鋳銅地蔵菩薩像としては最大級の大きさのお地蔵様と云われています。