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2024年01月10日(水) 16時08分 byくし
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椿田城という城跡に立つ神社。 当地は佐野小太郎盛綱のときに、丹波からの客将として招かれた福地丹波守仲久が初めて居住し、その後、仲久から四代後になる福地出羽守寧久が、永禄3年(1560)に唐沢山城の南端の出城として当地に椿田城を築き、川越・忍(行田)・館林の三城の抑えとした。 佐野氏の改易とともに廃城となり、それ以後は子孫の赤松福地氏が名主として代々当地に居住。 福地家には、天正18年(1590)豊臣秀吉が小田原城を攻撃する際、加藤清正からの要請を受けて、天徳寺宝衍(佐野房綱)と山上道久が、福地氏を含む佐野家の重臣5名に命じて提出させた関東の絵図の控えも残っており、市の指定有形文化財として佐野市立郷土博物館に保管されている。
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あり