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2025年03月01日(土) 09時32分 byくし

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名前
編集前
有綱神社(有綱大明神)
編集後
有綱神社
ふりがな
編集前
ありつなじんじゃ(ありつなだいみょうじん)
編集後
ありつなじんじゃ
通称
編集後
有綱大明神
ご由緒
編集前
伝承によれば、奥州平泉に落ち延びた源義経を追って、母の常磐御前、その夫の藤原長成、娘婿の源有綱も平泉に向かっていた。
頼朝の追っ手を避けるため奥州街道ではなく裏道である出流路を通るが、この大釜の地で三人の荷物を運んでいた白馬が沢に落ちて死んでしまい先に進めなくなってしまう。
三人は大釜の人々の世話になりこの地で暮らした。常磐御前は最後まで「義経に会いたい」と願いうがこの地で息を引き取ってしまう。
後に一人で奥州に向った有綱も風の便りに途中で亡くなってしまったといわれる。
大釜の人々はこれを悲しみ、常磐御前と長成のために二基の五輪塔を建てて供養し、有綱と白馬のために有綱大明神を建てて祀った。
周辺には常磐御前にちなむ「お花畑」「殿畑」「馬場」といった地名も残されているという。
編集後
伝承によれば、奥州平泉に落ち延びた源義経を追って、母の常磐御前、その夫の藤原長成、娘婿の源有綱も平泉に向かっていた。
頼朝の追っ手を避けるため奥州街道ではなく裏道である出流路を通るが、この大釜の地で三人の荷物を運んでいた白馬が沢に落ちて死んでしまい先に進めなくなってしまう。
三人は大釜の人々の世話になりこの地で暮らした。常磐御前は最後まで「義経に会いたい」と願うが、この地で息を引き取ってしまう。
後に一人で奥州に向った有綱も風の便りに途中で亡くなってしまったといわれる。
大釜の人々はこれを悲しみ、常磐御前と長成のために二基の五輪塔を建てて供養し、有綱と白馬のために有綱大明神を建てて祀った。
周辺には常磐御前にちなむ「お花畑」「殿畑」「馬場」といった地名も残されているという。
ご祭神/ご本尊
編集前
源有綱とその愛馬の白馬
編集後
《主》源有綱・白馬
創立
編集後
不詳 鎌倉時代?
創始者/開山・開基
編集後
大釜の人々