ほうらくじ
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楽しみ方法楽寺のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年05月18日(月) 07時05分17秒
参拝:2024年4月吉日
栃木県 足利市 本城 に境内を構える、法楽寺(ほうらくじ)正式名称は 正義山 法楽寺 (しょうぎさんほうらくじ)当方は 道の駅 全国制覇者で 全国の寺社、霊場を巡礼してます 2024 に 足利三十三観音霊場 巡礼にて参拝致しました、足利地方は歴史在る建物が多く所在しており 寺院も見所在ります、ここ 法楽寺も関東の 銀閣寺と言われる素晴らしい本堂で、京都の 銀閣寺 (東山慈照寺)を摸して再建した様です、寺院対応も良い寺院でした、どの様な寺院か引用を用いて調べて見ました、山号は 正義山、寺号は 法楽寺、宗旨 宗派 は 曹洞宗、ご本尊は 釈迦如来、足利三十三観音霊場 第十一番札所 札所ご本尊は 子安観世音菩薩、
足利氏3代目棟梁であった義氏公によって鎌倉時代の建長元年(1249年)に開創され、境内にある「足利義氏墓所」は足利市指定文化財(史跡)に指定されています。法楽寺の山号と寺号は、義氏公の戒名の「法楽寺殿正義大禅門」によります。
天文年間(1532~54年)の1度目の火災後、足利藩主長尾政長の庇護のもと、弘治三年(1557年)、足利市西宮町の長林寺六世太岫玄修大和尚を中興開山に迎え再興されました。それ以来、法楽寺は曹洞宗派の禅寺としてその法灯を伝えてきています。
正徳2年(1712年)、2代目足利藩主戸田忠囿は、初代忠利の先祖追福の志を継いで、法楽寺を菩提寺とされました。その後、幕末の万延元年(1860年)2月12日、2度目の火災により、山門以外の諸堂を全て焼失してしまいました。
明治元年(1868年)、13世賢英天忠大和尚が仮本堂を建てましたが、以後本堂再建の機運に恵まれず、1世紀が経過しました。昭和61年(1986年)5月5日の本堂落慶は、22世大覚昌龍大和尚の発願によりますが、昌龍和尚は着工を待たずに遷化し、遺志は前住職と檀信徒に継承され、建立されました
足利氏3代目棟梁であった義氏公によって鎌倉時代の建長元年(1249年)に開創され、境内にある「足利義氏墓所」は足利市指定文化財(史跡)に指定されています。法楽寺の山号と寺号は、義氏公の戒名の「法楽寺殿正義大禅門」によります。
天文年間(1532~54年)の1度目の火災後、足利藩主長尾政長の庇護のもと、弘治三年(1557年)、足利市西宮町の長林寺六世太岫玄修大和尚を中興開山に迎え再興されました。それ以来、法楽寺は曹洞宗派の禅寺としてその法灯を伝えてきています。
正徳2年(1712年)、2代目足利藩主戸田忠囿は、初代忠利の先祖追福の志を継いで、法楽寺を菩提寺とされました。その後、幕末の万延元年(1860年)2月12日、2度目の火災により、山門以外の諸堂を全て焼失してしまいました。
明治元年(1868年)、13世賢英天忠大和尚が仮本堂を建てましたが、以後本堂再建の機運に恵まれず、1世紀が経過しました。昭和61年(1986年)5月5日の本堂落慶は、22世大覚昌龍大和尚の発願によりますが、昌龍和尚は着工を待たずに遷化し、遺志は前住職と檀信徒に継承され、建立されました
すてき
投稿者のプロフィール

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宮城県 石巻市に在住、元々出張で日本各地を訪れる機会が在り思い出作りに道の駅スタンプラリーにも参加、気がつけば全国制覇者2022年第184号、今は休日 旅行で全国各地の食べ物、景色、温泉を探索、...もっと読む
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