御朱印・神社お寺の検索サイト

楽しみ方

編集詳細

2025年01月23日(木) 12時23分 byくし

履歴一覧へ戻る
ご由緒
編集前
大永6年(1526年)助戸仲町に永明庵として創建。
江戸前期の承応年間(1652-1655年)に現在地に移転・改称し開山。
現在の伽藍は昭和10年以降に整備されたもの。

【助戸山3号墳】
定年寺裏の墓地の上には助戸山3号墳(足利市指定文化財)がある。 全17基からなる助戸山古墳群の中の1基で、唯一の前方後円墳。
全長27.5m、2段築成で円筒埴輪列を伴い、前方部南隅のテラスでは、円筒埴輪列の間から須恵器の大甕(おおがめ)が出土。
後円部中心には南向きに開口する横穴式石室(せきしつ)があり、この石室からは武具、馬具、ガラス製小玉、ガラス製勾玉が出土したほか、人骨がまとめられた状態で出土した。
後円部(こうえんぶ)径と前方部幅がほぼ等しいことや出土遺物などから6世紀後半頃に建造されたものと推定される。
助戸山3号墳は、この地域を統括していた人の墳墓と考えられ、古墳時代後期の小規模な前方後円墳の構造及び副葬品の全容が確認できた古墳として重要であり、本市の古墳時代を語る上で貴重な史跡です。
編集後
大永6年(1526年)助戸仲町に永明庵として創建。
江戸前期の承応年間(1652-1655年)古河藩初代藩主 土井利勝公の家臣、大野市左衛門定年公が開基となって現在地に移転し改称し開山。
現在の伽藍は昭和10年以降に整備されたもの。

【助戸山3号墳】
定年寺裏の墓地の上には助戸山3号墳(足利市指定文化財)がある。 全17基からなる助戸山古墳群の中の1基で、唯一の前方後円墳。
全長27.5m、2段築成で円筒埴輪列を伴い、前方部南隅のテラスでは、円筒埴輪列の間から須恵器の大甕(おおがめ)が出土。
後円部中心には南向きに開口する横穴式石室(せきしつ)があり、この石室からは武具、馬具、ガラス製小玉、ガラス製勾玉が出土したほか、人骨がまとめられた状態で出土した。
後円部(こうえんぶ)径と前方部幅がほぼ等しいことや出土遺物などから6世紀後半頃に建造されたものと推定される。
助戸山3号墳は、この地域を統括していた人の墳墓と考えられ、古墳時代後期の小規模な前方後円墳の構造及び副葬品の全容が確認できた古墳として重要であり、本市の古墳時代を語る上で貴重な史跡です。
ご祭神/ご本尊
編集前
《本尊》釈迦如来
《霊場本尊》聖観世音菩薩
編集後
《本尊》釈迦如来
《霊場本尊》聖観世音菩薩
《堂宇》普照殿(薬師如来)
《諸尊》交通安全聖観音
《鎮守社》祭神不明二社
見所
編集前
助戸山という足利市街地に跨がる丘陵の南面に立つお寺。
寺院裏手の墓地頂上部には助戸3号墳という古墳あり。
編集後
助戸東山という足利市街地に跨がる丘陵の南面に立つお寺。
寺院裏手の墓地頂上部には助戸3号墳という古墳
あり。
巡礼
編集前
両野三十三観音霊場 第二十六番
足利坂東観音霊場 第二番
編集後
足利三十三観音霊場 第三十番
足利坂東観音霊場 第二番
両野三十三観音霊場 第二十六番