ごえいじ|浄土真宗大谷派|圓藤山
御影寺の編集履歴
宗派
浄土真宗大谷派
編集前:真宗大谷派
ご由緒
開基專量法師は嘉永三年二月、越後國新川郡大村より下野國安蘇郡佐野宿浄泉寺に来り滞留する。然るに嘉永六年十一月、足利郡御影堂(ゴエド)丸山構地に專量法師は真宗帰依者と一宇を建立する。
尚、「圓藤山(エントウザン)」とは当寺創建に尽力せられた時の戸長丸山氏の丸(圓)と、山藤氏の藤を連結したものを山号とし、又、「御影寺(ゴエイジ)」とは、当地にもと小堂ありてその中に八幡の石像と、源三位頼政公の御影軸物と、阿彌陀如来像が安置される堂を御影堂(ゴエド)と呼び、何時しかそのまま地名となり寺号となった。
このように当時の山号寺号は地元の呼び名を由来とし、本山から許可を享けたのである。
創建時の本堂は、旧梁田村で廃寺となった堂を譲り受け移築したと伝えられる。
現本堂は昭和五十六年(一九八一)十月十日新築落慶法要厳修。中央に御本尊阿彌陀如来(南無阿彌陀仏)、右に御開山親鸞聖人木像、左に本山東本願寺十九世乘如上人絵像
(真宗大谷派東京教区HPより)
編集前:開基專量法師は嘉永三年二月、越後國新川郡大村より下野國安蘇郡佐野宿浄泉寺に来り滞留する。然るに嘉永六年十一月、足利郡御影堂(ゴエド)丸山構地に專量法師は真宗帰依者と一宇を建立する。
尚、「圓藤山(エントウザン)」とは当寺創建に尽力せられた時の戸長丸山氏の丸(圓)と、山藤氏の藤を連結したものを山号とし、又、「御影寺(ゴエイジ)」とは、当地にもと小堂ありてその中に八幡の石像と、源三位頼政公の御影軸物と、阿彌陀如来像が安置される堂を御影堂(ゴエド)と呼び、何時しかそのまま地名となり寺号となった。
このように当時の山号寺号は地元の呼び名を由来とし、本山から許可を享けたのである。
創建時の本堂は、旧梁田村で廃寺となった堂を譲り受け移築したと伝えられる。
現本堂は昭和五十六年(一九八一)十月十日新築落慶法要厳修。中央に御本尊阿彌陀如来(南無阿彌陀仏)、右に御開山親鸞聖人木像、左に本山東本願寺十九世乘如上人絵像
(真宗大谷派東京教区HPより)