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2024年01月25日(木) 18時05分 byくし

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名前
編集前
明王院高徳寺
編集後
高徳寺
ふりがな
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こうとくじ
通称
ご由緒
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維新前は、足利郡山辺村八幡神宮寺に属す。
現建築は靈元天皇の延宝二年(1674年)甲寅なり、新義真言宗の宗祖興教大師(覚鑁上人)の法孫、宥眞僧都が創建。
第十一世 宥壽大僧都の時に寺門大に興隆し、鐘樓・梵鐘・半鐘等の新設あり。
宥壽は鑁阿寺内千手院の学頭職となり、また持宝院・東光寺などを兼務寺としていた。
明治初年より、足利郡小俣村鶏足寺住職 田下憲尊僧正の兼務寺となる。
明治十年、足利尋常小學西校の校舎として現本堂を使用する。
明治二十六年 校舎設立のため学校ではなくなるが、この間、寺堂は大に毀朽する。
大正八年、復興に着手し、四年間に向拝所・位牌堂・廻廊等の新築、本堂の修理、前庭の埋立(百五十坪)・石垣百五十八間等の工事を竣成す。
本尊大聖不動明王は、鎌倉時代の作と伝わるが作者不詳。 他に弘法大師木像・興教大師・聖観世音像二體・金無垢歡喜天王等あり。 庭前の石地蔵は、高さ六尺餘、「子育地蔵」として参詣者多し。
メールアドレス
ご祭神/ご本尊
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《本尊》大聖不動明王
《諸尊》聖観世音菩薩・歓喜天・弘法大師・興教大師・子育地蔵
URL
見所
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織姫神社登り口の西側に立つお寺。
もとは下野国一社八幡宮の神宮寺だったらしい。
アクセス
参拝時間
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駐車場
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あり、寺院右側の一段下った所
トイレ
参拝所要時間
参拝料
山号
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慈福山
院号
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明王院
創立
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延宝二年(1674年)
創始者/開山・開基
編集後
宥眞僧都
本殿/本堂の建築様式
巡礼
行事
文化財
ご神体
御朱印の説明
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