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2025年03月16日(日) 17時35分 byくし
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浄土宗
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栃本町・吉水町付近には、佐野氏の清水城→唐沢山城→佐野城への変遷に伴い、同時に移転したり廃寺になったりして所在不明になっている寺院がいくつか存在する。 以下資料から、この共同墓地は、現在は相生町にある大雲寺の移転前の所在地ではないかと推測。 【大雲寺HPより一部抜粋】 阿弥陀如来をご本尊とする大雲寺は、永禄年中(1558年〜1570年)唐沢山城主佐野昌綱を開基に、開山に真蓮社天譽上人を迎え開創された。創建の地は唐沢山麓の館野であった。 戦乱の世も終わりに近づいた慶長7年(1602年)唐沢山城主佐野信吉は、佐野庄天命の春日岡(現在の城山公園)に新たな城郭の建設に着手した。嶮難の地である唐沢山から、平坦な地である天命(1633年頃から天明)への移城については従来、江戸大火展望説・山城禁止説等があるが、近世における城郭が臨戦体制的な軍事目的よりも、物流の要衝たる地において、領内経営に当たる政治的目的が優先し造られた事を考慮したとき、信吉もまた当時の趨勢によって移城したと考えられるのである。 信吉は築城工事と平行して天命の町造りも行った。まずは城下の南に広がる台地を碁盤の目状に区画し、街路の突き当たりに寺院を配置した。有事の際、寺院が防塞的役割を担わせる為であった。 当山も町造りの一環として、館野から小屋町木戸外の現在地に移設されたのである。
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http://www.daiun-ji.com/history.html
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現在は相生町にある大雲寺の移転前の所在地ではないかと思われる共同墓地。
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龍王山
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松柏院
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永禄年中(1558年〜1570年)
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(開基)佐野昌綱 (開山)真蓮社天譽上人