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2025年03月24日(月) 00時50分 byくし

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ご由緒
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明治中期に五十部の有志が、伊勢に参拝した帰り静岡の秋葉神社より勧請。
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明治中期に五十部の有志が、伊勢に参拝した帰り静岡の秋葉神社より勧請。
【町田庚申講】
庚申講の歴史は古く297年前(正徳元年/1711年・徳川幕府6代将軍家宣公の時代)の昔より執り行われていました。    
  現在保管されている庚申様の掛軸は、足利地区でも希少なる貴重な文化財だと思います。
  祭りは数戸の農家がグループを作り、秋に収穫の終わる旧暦9月16日に個人の家に集まり、今年収穫した米、野菜等を供え豊作を祝い農家同士の親睦を深めあったと聞いております。
  当時は足利郡五十部村原と呼ばれ、人家の戸数も少なく2グループぐらいだったようです。農家の戸数が増すにつれ庚申様の掛軸を作造しました。
  保存されている4組の掛軸の大きさが違うのはその時々により作られたためとの事です。
  いつの時代からか定かではありませんが、4組のグループが集会所の開設時に集まり、その後合同で開く様になりました。  
  掛軸を与えられる釜番が宴会の準備をして開催しました。そして翌年の釜番が掛軸や備品を自宅に持ち帰り一年間保管しました。
  特に会員が多かったのは終戦直後でした。しかし食糧難時代町田地区の農家戸数40戸をピークに年々減り続けました。
  庚申講の祭りが会費制となったため参加者が減り10年前には参加者6名となり中止となってしまいました。
  町田自治会としては、この由緒ある伝統を引き継ぎ、このたび自治会主催として庚申祭りを執り行いました。
(足利市HPより)
URL
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https://www.city.ashikaga.tochigi.jp/education/000028/000164/000619/000939/p000511.html
見所
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この地域では庚申講が存続しており、神社横の町田自治会館で行われているという。