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2024年02月19日(月) 19時17分 byくし
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1265年足利泰氏 の開基、岩渓和尚開山と伝えられている。 しかし、この由緒は智光寺(現 平石八幡宮)のことではないかとする説もある。
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文永元年(1265年)、足利泰氏 の開基、岩渓和尚開山と伝えられている。 しかし、この由緒は智光寺(現 平石八幡宮)のことではないかとする説もある。 いずれにせよ智光寺との関係が想定されている。 長松寺は智光寺と隣接していたばかりではなく、相前後して建立されたとされる。 さらに足利尊氏が、観応二年(1351年)に石塔を建立し、寄進状も与えられていた。 しかし応仁の乱で諸堂も寄進状も焼失し、石塔だけがのこされている。 これらの記録とともに、地域的には江戸時代まで存したと云われている。 その荒廃した伽藍を、新たに足利に入った源室永高が再興、曹洞宗への取り込みを行った。 後に長松寺七世の歩厳徹理(運)が山川長林寺十六世となっており、末寺となる。 (山川長林寺の資料より)
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《本尊》南無釈迦牟尼仏
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《本尊》釈迦牟尼仏
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御朱印なし
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かつて隣接して建っていたという、足利家所縁の智光寺(廃寺)と関係の深いお寺。 御朱印なし。