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2025年03月26日(水) 05時02分 byくし
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かつて足利から桐生へ向かう道は、今よりもっと北の五十部、山下、大前などの山裾の村落を通っていた。 享保十八年(1733) 六部(巡礼僧)の岡部道運が、交通の便を図るため二重坂を開削したと伝えられる。 地蔵尊は、宝暦十三年(1763)年に、道雲が交通安全を願い造立。 当初はよく追い剥ぎが出没する寂しい坂だったらしいが、明治11年に至り、篤志家の寄附によって更に拡幅・整備された。 頂部にある「足利開鑿二重坂路記」の石碑には、太政大臣三条実美の筆により、これらの歴史が刻まれている。 地蔵は、現在の切り通しである桐生岩舟線(旧国道50号線)を今でも見守っている。
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二重坂という、旅の六部が江戸時代に開削した切り通しの上に立つ地蔵尊。
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宝暦十三年(1763年)
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岡部道雲