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2026年03月25日(水) 23時16分 byくし

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ご由緒
編集前
資料がなく詳細不明。
一本木自治会館と一体化している。
邑楽町藤川には、かつて両野三十三観音の第五札所だった医王寺という廃寺があったそうで、南東約1kmの所にある薬師堂が唯一残った堂宇であるとの情報があるのだが、この観音堂も元は一戸の寺だったのではないか思える立派なもので、こちらが医王寺跡の可能性もある。
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【藤川一本木弁天様】
観音堂に繋がる一本木公民館には弁財天も祀られているそうで、むしろこちらの方が地元では重視されているらしく、5月中旬の土日に春祭、10月上旬の土日に秋祭と年に2回の祭りがある。
榊奉納や宮司による祝詞奏上など、仏式ではなく神式で執り行われているようだ。
編集後
資料がなく詳細不明。
一本木自治会館と一体化している。
邑楽町藤川には、かつて両野三十三観音の第五札所だった医王寺という廃寺があったそうで、南東約1kmの所にある薬師堂が唯一残った堂宇であるとの情報があるのだが、この観音堂も元は一戸の寺だったのではないか思える立派なもので、こちらが医王寺跡の可能性もある。
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【藤川一本木弁天様】
観音堂と道路を隔てた東側の空き地に小さな弁財天の祠がある。
40年ほど前まではここに観音様が祀られていて、後ろが遊水池のような弁天池になっており、その中洲に弁天様が祀られていたのだが、洪水で流されて現在のようになった。
以前は5月中旬の己の日に春祭、10月上旬の己の日に秋祭が行われ大勢の人が集まった。
神主が拝み終わると太鼓が鳴り、それを合図に村人が集まり赤飯が振る舞われたという。
こうした祭りも昭和30年頃までは続いていたが、時代の流れとともに信仰心も薄れ行われなくなってしまい、現在は村民による神事のみ続いている。
見所
編集前
観音堂だが、併設する公民館に祀られている弁天様の方が重視されているらしい