みくりやじんじゃ
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御厨神社ではいただけません
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御厨神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2021年10月19日(火)
参拝:2020年10月吉日
御厨神社(みくりや~)は、栃木県足利市小曽根町にある神社。旧社格は村社。祭神は、天照皇大神。
『栃木県神社誌』によると、創建は江戸時代前夜の1598年、土豪の田部井家中心となり、村の鎮守として創建。明治時代に近隣の無社格8社を合祀した。昭和戦前の1939年に台風で渡良瀬川が決壊し、社殿を流出したため、福居町の御厨神社の分霊を勧請した。戦後の1946年に拝殿と幣殿、1954年に本殿を改築したとのこと。
当社は、東武伊勢崎線・多々良駅の西方2kmの、畑が中心でまばらに住宅が建つのどかな地区にある。見たまんま村の鎮守だが、大事にされているようで、境内はきれいに整っている。隣に町の集会所があるので、いまでも地元民の中心地なのかしら。
今回は、栃木県足利市福富町にある、もう一つの「御厨神社」を目指している時に、カーナビの設定ミスで当社に参拝することに(まさか足利市内にこんな珍しい社名の神社が複数あると思わなかった)。参拝時は週末の午前中。当地滞在中、参拝者はもとより、人っ子一人見かけなかった。
『栃木県神社誌』によると、創建は江戸時代前夜の1598年、土豪の田部井家中心となり、村の鎮守として創建。明治時代に近隣の無社格8社を合祀した。昭和戦前の1939年に台風で渡良瀬川が決壊し、社殿を流出したため、福居町の御厨神社の分霊を勧請した。戦後の1946年に拝殿と幣殿、1954年に本殿を改築したとのこと。
当社は、東武伊勢崎線・多々良駅の西方2kmの、畑が中心でまばらに住宅が建つのどかな地区にある。見たまんま村の鎮守だが、大事にされているようで、境内はきれいに整っている。隣に町の集会所があるので、いまでも地元民の中心地なのかしら。
今回は、栃木県足利市福富町にある、もう一つの「御厨神社」を目指している時に、カーナビの設定ミスで当社に参拝することに(まさか足利市内にこんな珍しい社名の神社が複数あると思わなかった)。参拝時は週末の午前中。当地滞在中、参拝者はもとより、人っ子一人見かけなかった。
境内南端入口にある、青銅製の<一の鳥居>と<社号標>。左側には小曾根町自治会館(バス停付き)、右側には実りの秋を迎えた黄金の田んぼ。
一之鳥居をくぐると、すぐに石製の<二の鳥居>。
さらに進むと、木製の<三の鳥居>。村社クラスでこの鳥居の数は、大事にされている証拠かな。
参道右側にある、瓦葺で躯体が石製の真新しい<手水舎>。
<拝殿>全景。木製の躯体は古そうだが、瓦葺で、サッシが組み込まれている。耐久性が高そうで、きれいにされている。
<拝殿>正面。扁額には<御厨神社>の文字。
<拝殿>内部。整理、整頓、掃除が行き届いている。
<社殿>全景。<狛犬>は補修の状況から、けっこう古そう。
拝殿の後ろの<本殿>。空気の通る半覆屋タイプ。
社殿の左側にある<赤城神社>(左)と<稲荷神社・八幡宮>(右)。
拝殿裏にある境内社群。左から順に<雷電宮>、<道祖神社・春日神社・稲荷神社>、<天満宮>。
こちらも境内裏にある<八坂神社>。個別に手水付き。
社殿の右側にある小祠群。それぞれの社名は不明。こちらも個別に手水付き。
社殿周りの大きな木。
拝殿に向かって右手に建つ<社務所>。
たまたま辿り着いた村の鎮守だが、氏子衆に大事にされていることが伝わってくる良い神社。
すてき
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惣一郎1269投稿
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