かんとうごしゃいなりじんじゃ
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楽しみ方関東五社稲荷神社のお参りの記録一覧
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この日はしばらく寺社巡り止めてたことへのリハビリのようなものだったので、御石稲荷だけ拝んで帰ろうと思ったのですが、気分がノッてきたので無人社にもう一つ行ってみることにしましたw
ここは藤原秀郷公が、平安時代に相模国の松岡稲荷大明神(鎌倉稲荷社に比定)を勧請したもので、同時に烏森、王子、新福院、大栗稲荷も合祀したため関東五社稲荷と呼ばれるようになったとのこと。
後に秀郷公の子孫の佐野成俊公が一瓶塚稲荷神社を建立し遷座。
いわば自分の産土神の元宮のようなものなので前々から参拝してみたかった所です。
祭神は、伊弉諾尊・素盞嗚尊・大己貴尊・・・って稲荷神いねーし!?(;゚Д゚)
おそらく一瓶塚作った時に稲荷様だけ持ってっちゃったんじゃないかと(^^; しかし見事に男神だけ残したな・・・成俊公、俺と神様趣味が近いかもしれないwww
唐沢山の少し南にある丘の上に立つ神社です。
この辺りは例の真田親子の「犬伏の別れ」で有名な犬伏という土地ですが、こんな地名説話が伝わってます。
むかしむかし・・・この辺りの山には凶悪な大猿がいて、大猿の怒りを沈めるために、毎年娘を一人選んで生贄として八幡神社に捧げていました。
(豊作祈願のために娘を生贄にしていたという別の伝承もあったりする(;゚Д゚))
ある日、この地を通りかかった山伏が生贄の風習を止めさせるため、近江からちょっぺ太郎という大犬を連れてきて、娘の代わりに神社に潜ませました。
その晩、山から凄まじい咆哮が聞こえ、翌朝恐る恐る村人が様子を見に行くと、ちょっぺ太郎と大猿は相討ちになってともに死んでいました。
感謝した村人はある丘にちょっぺ太郎を葬り手厚く供養したそうです。
「丘に犬が伏せている」または「山伏が犬を連れてきた」という事から、この地は犬伏と呼ばれるようになったとのこと。
・・・もっともこの説話自体は信州や遠江を中心に伝わる「早太郎伝説」の類話らしくて、結構日本中にあるらしいんですけどね(^^;
ちなみに探してみましたが生贄が捧げられたという八幡神社も犬伏地区にはないようです。
(近くの堀米とか黒袴にはあるのでそこかもしれんけど)
ただ地名自体は大和時代から伝わる相当古いものらしく、もしかしたらこの関東五社稲荷のある丘がちょっぺ太郎の葬られた丘、あるいはその元となる何らかの歴史的事件があった丘なのかもしれません。
そんな古代ロマンに浸りつつ神社を後にしましたw
栃木県のおすすめ2選🎍
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