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あすりじんじゃ

阿須利神社の御由緒・歴史
島根県 大津町駅

ご祭神主祭神 豊玉比古神,豊玉比女神,玉依比女神,大己貴神
合祀 誉田別命,気長足姫命,足仲彦命,加久突知神,和多津見神,事代主命,大年神
ご由緒

創祀年代は不詳。『出雲風土記』に「阿須理社」とある。もとは海浜だった大津湊の旧蹟、朝倉の浜、上来原の池の内の杓子山に鎮座していた。
社名については、八岐大蛇が、この池に入って「あせった」ため、「あせり」という名となった、とも。「あせった」は焦る、ではなく、転倒の意とも。
『雲陽誌』によれば、出雲の振根が弟の飯入根を殺した時、血(汗)が流れて池中に入り、阿世利となった、とも。
来原村権現などと呼ばれた。江戸時代前期の貞享年間(1684年-1688年)、鎮座地に高瀬川が開設され、土砂が流入する地となり、やむなく三谷の三谷神社境内に遷座した。
このため、この三谷神社が式内社「阿湏利神社」の論社とされるが、これは当社が一時的に三谷神社境内で祀られていたことによるという。
明治になり、神社整理のため廃社となった大津町の龍王社跡地に遷った。さらに、大津町で廃社となった八幡宮を合祀、現社号に改称した。
拝殿の額には、「八幡大神宮・阿須利神社」と併記されている。明治5年(1872年)、郷社に列し、明治23年(1890年)11月2日、現在地である龍王山に遷座した。

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