みづじんじゃ
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方御津神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年01月22日(木) 18時21分20秒
参拝:2026年1月吉日
出雲国楯縫郡の式内社であり、『出雲国風土記』にて「御津社」として記載のある古社です。
風土記にて名前が出てくる「御津浜」という海岸は当社に由来すると思われ、日本海沿岸部から山中へ遷座を繰り返して現在に至るそうです。
毎年1月には弓矢を用いる御的神事が行われています。
風土記にて名前が出てくる「御津浜」という海岸は当社に由来すると思われ、日本海沿岸部から山中へ遷座を繰り返して現在に至るそうです。
毎年1月には弓矢を用いる御的神事が行われています。

《鳥居》
私の他にも地元の方がお参りに来ていました。
私の他にも地元の方がお参りに来ていました。

《由緒書き①》
海岸に関連する信者とは言いつつ、現在は御田植神事が行われているようです。
海岸に関連する信者とは言いつつ、現在は御田植神事が行われているようです。

《手水舎①》
蛇口式です。洗ひつるここも…(略)
蛇口式です。洗ひつるここも…(略)

《御神木》

《手水舎②》
入念に手を洗わせにくる…
入念に手を洗わせにくる…

《由緒書き②》
遷宮歴として元鎮座地が判明しているようです。珍しいですね。
境外末社がけっこうありますね。そして祭事を見ると見たことない祭りの名前があります。狗賓祭がすごく気になりますね。
遷宮歴として元鎮座地が判明しているようです。珍しいですね。
境外末社がけっこうありますね。そして祭事を見ると見たことない祭りの名前があります。狗賓祭がすごく気になりますね。

《拝殿》🙏
👁チェックポイント‼️
江戸時代には熊野神社と呼ばれていました。これは御祭神に伊奘冉命さまを祀ることに由来すると思われますが、出雲において「熊野」といえば熊野大社があり、こちらは櫛御気野命(素戔嗚尊)さまであり熊野権現とは違う系統です。ただ出雲国には伊奘冉命さまの御陵に立つ久米神社があるため、両方の信仰によって現在の六柱を祀ると思われます。
👁チェックポイント‼️
江戸時代には熊野神社と呼ばれていました。これは御祭神に伊奘冉命さまを祀ることに由来すると思われますが、出雲において「熊野」といえば熊野大社があり、こちらは櫛御気野命(素戔嗚尊)さまであり熊野権現とは違う系統です。ただ出雲国には伊奘冉命さまの御陵に立つ久米神社があるため、両方の信仰によって現在の六柱を祀ると思われます。

《御朱印》
というよりスタンプです。当社は「島根半島四十二浦巡り」の13番に数えられています。
というよりスタンプです。当社は「島根半島四十二浦巡り」の13番に数えられています。

《神饌所》

《本殿》
例に漏れず大社造です。
ちなみに『出雲国風土記』には出雲郡と楯縫郡に別の「御津社」が記載されており、出雲郡の方は鹿島町御津の御津神社が該当します。ただし御祭神が伊奘冉命さまで共通します。
例に漏れず大社造です。
ちなみに『出雲国風土記』には出雲郡と楯縫郡に別の「御津社」が記載されており、出雲郡の方は鹿島町御津の御津神社が該当します。ただし御祭神が伊奘冉命さまで共通します。

《末社①》

《末社②》
社日塔があります。
社日塔があります。

《末社③》

《末社④》
こちらの稲荷神社だけ最近建て直されたのかきれいです。
いつもお世話になっておりまs(🤛
こちらの稲荷神社だけ最近建て直されたのかきれいです。
いつもお世話になっておりまs(🤛

《荒神》
入り口の反対側のコンクリート壁越しに進むとあります。
入り口の反対側のコンクリート壁越しに進むとあります。
すてき
投稿者のプロフィール

神祇伯1733投稿
どうも、全国の古い神社に出没するお稲荷さんの下僕です。ブログで参拝した神社の感想上げてます(2/1更新) 御朱印も集めてますが写真は載せない主義なので、戴けたところは順次報告&更新します。もっと読む
ホトカミ見ました! で広がるご縁
ホトカミを見てお参りされた際は、もし話す機会があれば神主さんに、「ホトカミ見てお参りしました!」とお伝えください。
神主さんも、ホトカミを通じてお参りされる方がいるんだなぁと、ホトカミ無料公式登録して、情報を発信しようという気持ちになるかもしれませんし、
「ホトカミ見ました!」きっかけで豊かな会話が生まれたら、ホトカミ運営の私たちも嬉しいです。


