まつえじんじゃ
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松江神社ではいただけません
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松江神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2021年11月25日(木)
参拝:2020年11月吉日
松江神社は、島根県松江市殿町の松江城址にある神社。旧社格は県社。主祭神は松平直政公(松江松平家初代藩主)、合祀神は徳川家康公、配祀神は松平治郷公(松江松平家七代藩主)、堀尾吉晴公(松江開府の祖)。
創建は明治初期の1877年、旧松江藩の有志により西川津村楽山(現松江市西川津町)に松平直政公を祀る「楽山神社」として創建。1628年に堀尾忠晴が朝酌村(現松江市西尾町)に創建した東照宮の御神霊を1898年に合祀、翌1899年に現在地の松江城山二之丸に遷座して社名を「松江神社」と改称した。昭和に入り1931年に松江藩中興の名主、7代藩主松平治郷公と松江開府の祖・堀尾忠晴公の御神霊を配祀した。
当社は、JR山陰本線・松江駅の北西、道のり2kmにある松江城址の南部にある。松江城を見に行こうとすると、その途中にあるため多くの人が立ち寄る好立地にある。境内南側には明治時代の迎賓館で現在は歴史博物館になっている興雲閣があり、合わせて松江城観光の見どころになっている。
今回は、松江城観光の一部として参拝することに。参拝時は週末の午後で、松江城を訪れる観光客の7割ぐらいの人々が当社にも訪れていた。
創建は明治初期の1877年、旧松江藩の有志により西川津村楽山(現松江市西川津町)に松平直政公を祀る「楽山神社」として創建。1628年に堀尾忠晴が朝酌村(現松江市西尾町)に創建した東照宮の御神霊を1898年に合祀、翌1899年に現在地の松江城山二之丸に遷座して社名を「松江神社」と改称した。昭和に入り1931年に松江藩中興の名主、7代藩主松平治郷公と松江開府の祖・堀尾忠晴公の御神霊を配祀した。
当社は、JR山陰本線・松江駅の北西、道のり2kmにある松江城址の南部にある。松江城を見に行こうとすると、その途中にあるため多くの人が立ち寄る好立地にある。境内南側には明治時代の迎賓館で現在は歴史博物館になっている興雲閣があり、合わせて松江城観光の見どころになっている。
今回は、松江城観光の一部として参拝することに。参拝時は週末の午後で、松江城を訪れる観光客の7割ぐらいの人々が当社にも訪れていた。
境内東側にある<鳥居>。境内は松江城址の中にあり、塀や壁などがないため境界がなく入りやすい。
鳥居をくぐったところから、社殿を望む。
参道の左側にある<手水舎>。
参道の左手、手水舎の右奥にある<社務所>。御朱印はこちら。(背後には興雲閣の屋根が見える。)
<拝殿>全景。現在の社殿は明治時代の1899年に建立。
<拝殿>正面。彫刻などもほとんどなく、簡素な造り。
<拝殿>正面上部の<扁額>。青い字に黄緑の枠のセンスが良い。(^▽^)/
社務所(授与所)から社殿全景。質実剛健な風貌。
拝殿後ろの<本殿>。高さも低く簡素な印象。
最後に社殿全景。
境内の南側にある、明治時代の迎賓館で、現在は歴史博物館になっている<興雲閣>。1903年に明治天皇の行幸時の御宿所として建設された。ブルーグリーンの外壁が印象に残る。
境内の北側にある、1611年に堀尾忠氏によって築城された、国宝<松江城>。城址自体も国の史跡に指定されている。
すてき
みんなのコメント(2件)
ぱん吉🍀
惣一郎さん、こんばんは~
島根参拝の旅(2020)、どこも素敵ですね!
同年7月、出雲~松江に行く予定をキャンセル。°(°`ω´ °)°。
すごく羨ましく、ちょっと妬ましく拝見していますよ~
惣一郎さんの投稿を参考に、練り直してリトライしたいです☆
2021年11月26日(金)
ぱん吉さん、こんばんは。
コメントありがとうございます~!(o^―^o)
今夏、出雲旅行をキャンセルされてたんですね。
自分の場合、神社選びは日本どこでも延喜式内社に偏っていて、必ずしも観光向きでなかったりするのですが、出雲國の場合、さすが神様の國だけあって、延喜式内社を攻めれば観光地としても間違いないようです。
なので、よろしければご参考にしてくださいね~!(^▽^)/
2021年11月26日(金)
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惣一郎1269投稿
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