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2026年02月16日(月) 21時46分 bysoo_cyan
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さいがんじ
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西願寺は天正十二年に八幡城城主豊臣秀次公を開基とする寺院です。 屋根は地元特産のヨシを葺いた葦葺で、往時の姿を留めて立つ姿は威風堂々とし、登録有形文化財(平成十七年)、重要文化的景観第一号(平成十八年)に指定されました。 秀次公が祈願所として建立したと云われる当山は、屋根瓦の古き良き町並みのなかで、ひときわ存在感をあらわしています。 西願寺の前身は、聖徳太子が八幡山に建てたといわれる四ヶ寺の一つ満願寺で、その寺領は八幡山の船木側の麓一帯を占めていました。現在でも山の手に蓮池と呼ぶ地番名が残っており、山号・寶池山の由来となっています。 寺伝によると、豊臣秀次公は天正十二年(1584)の小牧・長久手の戦いで家康に敗れたとき、軍神・毘沙門天像を作り信仰されたとあります。その功徳があってか後の戦は連戦連勝。豊臣家は天下を取り、秀次公は関白にまで出世されました。その念持仏が当山の毘沙門天であると伝わります。もともとこの船木一帯は天台密教の修行地であり、毘沙門天が備えられていました。このことから像の伝来はこの地域と当山のつながりの深さを物語っています。
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阿弥陀如来
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寶池山
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天正十二年(1584)
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豊臣秀次公