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楽しみ方編集詳細
2026年02月14日(土) 09時40分 bysoo_cyan
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八幡神社
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大林村「八幡神社」
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おおばやしむら「はちまんじんじゃ」
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523-0892
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當社は、今から二千年前、三明川一帯に集落をつくり、農耕と狩猟の生活を始めた頃に、「田の神」として三明川のほとりに五穀豊穣を祈り「野神」(野上神社)を祭り、また、家内安全、村内安寧のため、この「鎮守の森(櫻の馬場)」に「神」を祭ったのが始まりであると傳えられている。 當社の創建は、応神天皇が大島・奥津島神社(島町)に参詣の帰途、本社「日牟禮八幡宮」に参詣したことから「譽田別尊」を祀ったので當社も「譽田別尊」を祭神とし「八幡神社」を名乗る。 當社は古道(景清街道)沿いに祭られ旅人の安全祈願も願った。 享保六年(1721)當林村出身の「大阿闍梨堅者法印宗元」が「當社」を建立し、その後、享保十八年(1733)に馬淵村出身の「大阿闍梨堅者法印宗宝」が手を加えた。寛政四年(1792)には「大阿闍梨慈諫法師」が「将軍地蔵」を遷宮しこれを祀った。 村の鎮守の森であったこの地には神木の「大杉」が植えられている。この大杉は牧町の今はなくその跡のみを残す樹齢八百年といわれた「天狗杉」と並び称された大林村の「大杉」(幹回り六メートル二十センチ)が今も聳えている。 古くは本社「日牟禮八幡宮」から當社「八幡神社」まで一直線の道路が通じていたが、八幡城下町を建設する際、豊臣秀次により消滅させられた。しかし四月の「日牟禮八幡宮」の十三郷の祭礼には、神輿が當八幡神社で休息し神楽が奉献され、その翌日の巡行の御旅所となっていた。
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《主》応神天皇
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《主》譽田別尊(応神天皇)
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享保六年(1721)
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大阿闍梨堅者法印宗元