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いこのはやみたまひめじんじゃ

伊古乃速御玉比売神社のお参りの記録一覧
埼玉県 つきのわ駅

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ひなぎく
ひなぎく
2026年02月11日(水)887投稿

分社である7社の淡洲神社を巡るに当たり2回に分けて滑川・嵐山を散策しまして、この日は2回目の参拝です。

この日は宮司様がいらっしゃって御朱印をお書き入れしていただき、社務所にて様々なお話を聞かせていただきました😊

宮司様は周辺の神社16社を兼務していて、常駐できなくて申し訳ないと仰っしゃられていました。また、これから神社が減っていくなかで、どうやって伝統文化を残していくかを憂いておいででした。
ご祭神や淡洲神社のこと、周辺の神社のこと、比企郡の歴史、民俗など…大変有意義なお話を聞かせていただきました🙏とても素敵な方でご縁をいただけた事に感謝でした✨

お話を聞いて改めて大事だなと思ったこと。
「アイヌ、出雲族、渡来人」
武蔵国の歴史を知るためのキーワード✨

伊古乃速御玉比売神社の御朱印

この日は強風で御朱印帳を持って写真とるのが難しかったです😂宮司様や嵐ナビ(レンタサイクル)のスタッフさんにも強風だから道中気をつけてと言われました。畑が多く遮るものがないのでもろに食らうと…その通りでした😅

伊古乃速御玉比売神社の{uncategorized: "未分類", other: "その他", undefined: "問題あり", building: "その他建物", grave: "お墓", sacred_gate: "鳥居", guardian: "狛犬", statue: "像", buddha: "仏像", history: "歴史", nature: "自然", garden: "庭園", animal: "動物", pagoda: "塔", temizu: "手水舎", mountain_gate: "山門・神門", sanctuary: "本殿・本堂", subordinate: "末社・摂社", art: "芸術", scenery: "景色", jizo: "地蔵", ema: "絵馬", goshuin: "御朱印", omikuji: "おみくじ", items: "授与品その他", amulet: "お守り", goshuincho: "御朱印帳", eats: "食事", festival: "お祭り", votive_dance: "神楽", shichigosan: "七五三参", wedding: "結婚式", experience: "体験その他", initially: "初詣", around: "周辺", anti_infection: "感染症対策"}

伊古神社の社叢は県指定天然記念物に指定されています。北南に分けて、アラカシを主とする暖帯常緑樹とソロを主とする温帯落葉樹が同一境内に相生していることが極めて貴重なんだそうです。天然記念物に指定されているため、砂利を敷いたりとか下手に境内を整備できないのだそう💦

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ひなぎく
ひなぎく
2026年01月30日(金)887投稿

滑川町伊古に鎮座する武蔵国比企郡唯一の式内社になります。

ご由緒によると、仁賢天皇の御代(5世紀後半)に蘇我石川宿禰の末裔がこの里を開き、三韓平治の高徳を仰ぎ、当所二ノ宮山上に弓箭の祖・安産の祖と崇敬し、気長足姫命、大鞆和気命、武内宿禰の三柱の神霊を祭祀して創建されたと伝えられています。

二ノ宮山を神体山と崇め、もとは山上に鎮座していましたが、文明元年(1469)に現在地に遷座し、比企郡総社にして豊穣の神・安産の神と広く崇敬され今日に至っています。

また、当社は「淡洲明神(あわすみょうじん)」と称し、滑川・嵐山の両町内には円を描くように7社の淡洲神社が鎮座します。

境内には安産信仰の象徴である「はらみ松」があり、古来より松皮を剥がして煎じて飲むと安産であると伝えられます。

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滑川町周辺は関東一沼が多い地域になります。
丘陵地形を活かして造られた「谷津沼(やづぬま)」と呼ばれるため池は、里山の暮らしを守る生命線です。人工的に造られてはいますが、その歴史は古く古墳時代には始まったと考えられています。
河川からの引水等がない「天水を利用した谷津沼農業システム」が、2023年1月に日本農業遺産に認定されています。
このような背景から当地域は沼信仰の地であり、その多くが「山、沼、神社」のセットで崇められ、雨乞いの神事が散見されます。

社名が表すように、本来は『速御玉比売命』がご祭神だと思われますが、その正体は謎に包まれており主に次のような3つの説があります。

【①天太玉命の后神】
当社のご祭神が「淡洲明神」と称されていることから、安房国一ノ宮の天太玉命の后神である「天比理乃咩命」の異名であると、神社覈録に記載されています。
また、茨城県神社誌には日立市の泉神社のご祭神「天速玉姫命」は天比理乃咩命のことだと記されていて、さらに常陸郷土史に天速玉姫命は伊古乃速御玉比売命と同神ではないかとの考察があります。

【②熊野の淡島信仰】
淡洲明神の「洲」は、当地域では「しま」と読むことから、紀伊国海草郡に鎮座する淡島明神、つまり加太淡島神社のご祭神を当社に分霊したとする説です。淡島明神は住吉明神の妃で、特に安産の神として信仰されています。

【③難波の坐摩神】
鎮座地である伊古は「和名抄」の比企郡渭後郷に比定され、渭後は「ぬのしり」と読みます。「ぬ」とは沼のことで、ぬのしりとは「沼の奥」の意味。
この渭後の地名は、摂津国難波から入植した渡来系氏族の壬生吉志と関連するという仮説があります。
その理由は、渭後が「いかしり」とも読めることから坐摩神社とのかかわりが伺えることにあります。

かく言う私は、天太玉命様の后神を調べていたら当社にたどり着きました。どの説もあり得そうですが憶測の域を出ません。古くは単純に沼(水)の女神様だったのかもしれませんね。

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