ほりぐちやくしどう
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楽しみ方堀口薬師堂のお参りの記録(1回目)
投稿日:2025年01月28日(火) 00時00分08秒
参拝:2025年1月吉日
眼病に霊験あらたかなお薬師さまです。
毎月12日が縁日で『新田の薬師さま』とも呼ばれます。
天正18年(1590)ごろ、新田義興の家臣であった堀口美濃守貞満の子孫、堀口一学信光が、現在の横浜市港北区茅ヶ崎町から作人らを連れて水富村に移住し、この地を開拓して大農家となりました。堀口家守護神である薬師如来立像を屋敷内に祀っていたといいます。
その後、薬師堂のあった土地は分家のものとなり、ある時火災により堂が焼失しましたがご本尊だけは免れ、宝暦8年(1758)に堂が再建されました。
明治に祭主が移転することになり、薬師如来立像は信立寺に納められました。ところが、大正末年ごろ堀口一族の家に不幸が続き、薬師如来の祟りだとして再び堀口家で祀ることになりました。大正15年に現在地に堂を再建、3月12日信立寺より遷座しました。
毎月12日が縁日で『新田の薬師さま』とも呼ばれます。
天正18年(1590)ごろ、新田義興の家臣であった堀口美濃守貞満の子孫、堀口一学信光が、現在の横浜市港北区茅ヶ崎町から作人らを連れて水富村に移住し、この地を開拓して大農家となりました。堀口家守護神である薬師如来立像を屋敷内に祀っていたといいます。
その後、薬師堂のあった土地は分家のものとなり、ある時火災により堂が焼失しましたがご本尊だけは免れ、宝暦8年(1758)に堂が再建されました。
明治に祭主が移転することになり、薬師如来立像は信立寺に納められました。ところが、大正末年ごろ堀口一族の家に不幸が続き、薬師如来の祟りだとして再び堀口家で祀ることになりました。大正15年に現在地に堂を再建、3月12日信立寺より遷座しました。
すてき
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ひなぎく848投稿
幼少期から神社や神話に触れてきました。ご由緒やその土地の歴史、かかわる人々に想いを馳せたり考察をするのが好きです。歴史を調べながら関連する場所を数珠繋ぎに巡っています。 すてきやフォローありがと...もっと読む
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