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【肥前國 式内社巡り】
松原神社(まつばら~)は、佐賀県佐賀市松原にある神社。旧社格は県社。祭神は、龍造寺隆信命、政家命、高房命(北座三柱)、鍋島清久命、直茂命、直茂室彦鶴姫命、勝茂命(南座四柱)。
江戸時代中期の1772年、佐賀藩8代藩主・鍋島治茂公が、藩祖・鍋島直茂公を御祭神として「日峯社」を創建。1817年に直茂公の祖父・清久公、直茂公の正室・彦鶴姫を合祀。明治に入り1872年に初代藩主・鍋島勝茂功を合祀。翌年、北殿を造営し、龍造寺隆信命、政家命、高房命を合祀し、松原神社と改称した。同年、南殿を造営し、10代藩主・鍋島直正公を奉祀。1923年に11代藩主・鍋島直大公を合祀した。昭和に入り、1933年に佐嘉神社の創建により南殿はなくなり、1963年に鍋島家と龍造寺家を一殿二座(南座・北座)の社殿として合一整備された。
当社は、JR長崎本線・佐賀駅の南南東1.4kmの佐賀城址の北方にある。境内はかなり広々としていて、たくさんの境内社が北側に整って配置され、境内西端に社殿があるという構成。社殿周りは凝った造りになっていて、拝殿等が回廊で囲われる形になっている。さすが江戸時代の肥前國を支えた鍋島家、龍造寺家を祀った神社という感じがする。なお、東に向かって建つ松原神社の本殿と、南に向かって建つ佐嘉神社の本殿は、参拝路からすると奥まった場所に隣り合わせになって建っていて、参拝者は両方とも直接見ることはほぼできない。
今回は、佐賀県の旧県社であることから参拝することに。参拝時は平日の午後で、雨降りであるにもかかわらず、自分以外にもぱらぱらと参拝者が訪れていた。

境内東端入口の<鳥居>。柱に文字が刻まれている珍しいもの。お堀のような松原川に架かる石橋を渡って境内に入る。

境内の北側に大きめの境内社がずらっと並んでいるので、まず東端にある<松原河童社>から廻って行く。
写真は松原川越しに見た、東向きに建つ社殿全景。

【肥前國 式内社巡り】
佐嘉神社(さが~)は、佐賀県佐賀市松原にある神社。旧社格は別格官幣社で、現在は神社本庁の別表神社。祭神は、佐賀藩10代藩主・鍋島直正公と11代藩主・鍋島直大公(直正公は藩政改革を行い、大隈重信や江藤新平らの人材を育成。直大公は戊辰戦争で官軍として戦い、明治2年に版籍奉還を申し出た)。
鍋島直正公の没後の1873年、直正公の威徳を称え、鍋島家の祖先を祀る松原神社に南殿を造営して直正公を祀ったのがはじまり。昭和に入った1929年、別格官幣社として創建されることが決定し、1933年に現在地に社殿を造営し、松原神社の直正公の霊を遷座した。太平洋戦争後の1948年、松原神社南殿に祀られていた直大公の霊を合祀した。なお、従来松原神社とは別の神社として運営されていたが、1961年に運営を一体化した。
当社は、JR長崎本線・佐賀駅の南方1.4kmの佐賀城址の北方にある。市街地の中にあるが敷地はかなり広い。ただし、純粋に「佐嘉神社」の境内は神門に大きな社殿と社務所・授与所のみで非常にシンプル。大きな社殿は別格官幣社らしく、格式の高さを感じさせてくれる。これ以外には「佐嘉神社記念館」、「松原神社」、有料駐車場などが占めている。
今回は、別格官幣社、別表神社であることから参拝することに。参拝時は平日の午後で、雨降りであるにもかかわらず、自分以外にもぱらぱらと参拝者が訪れていた。
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