そんこうじ|真宗興正派|慈眼山
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楽しみ方尊光寺のお参りの記録一覧

以前から訪れてみたかった近所の寺院🛕さんへ足を運びました。
・宗派: 浄土真宗(興正派)
尊光寺は、約430年前に石山本願寺(現在の大阪城本丸)と織田信長の11年間の戦い『🔫石山合戦🗡️』で名を馳せた、本願寺家老職、軍師『鈴木飛騨守重幸(鈴木孫一 通称:雑賀孫一)』が創建した寺と伝えられている。
11年に亘る石山合戦は、石山本願寺と織田信長が和睦し、終結した。
その後、鈴木孫一(通称:雑賀孫一)は、この地に隠棲し、長い戦いで、お念仏を護るため亡くなった真宗門徒を始め、 多くの人の菩提を弔うと共に、『お念仏の灯』を絶やさぬように僧『釋了玄』となり、お堂を建てたのが始まり。
伴林光平は約200年前、尊光寺第13代住職の次男として生まれ、51歳の時 『勤皇の志士』として明治維新に先駆けて、尊皇派『天誅組』の大和義挙に、衣をなげすてて加わったが、事破れて捕らえられ、京都六角の獄にて斬罪された。獄中で書いた『南山踏雲録』は、天誅組の記録のみでなく、明治維新史研究の上で、貴重な文献と高く評価されている。


山門

伴林光正誕生地石碑。

北向き地蔵

本堂①

本堂②

何でしょうかね・・・藤井寺という地は探れば探るほど面白いものが出てくる。極楽寺の北にある尊光寺。創建は本願寺家老職、軍師『鈴木飛騨守重幸(鈴木孫一 通称:雑賀孫一)』とのこと(尊光寺HPより)。鈴木飛騨守重幸は江戸中期に浄土真宗の門徒向けに出版された『摂州石山軍記』の主要登場人物。歌川国芳の『燿武八景』に「石山暮雪 - 鈴木重幸」として描かれています。現在は雑賀孫一とされる鈴木重秀の弟の説が有力。まあ万が一のために複数人が雑賀孫一を名乗っていても不思議はないですからね🤔いろいろ聞いてみたいが・・・興正寺派なのも気にはなるし。

お言葉

山門

寺号表札

伴林光正誕生地石碑。

閉まってます・・・

茅葺の屋根が気になる・・・。
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