いわさきじんじゃ
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岩崎神社ではいただけません
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岩崎神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2020年11月01日(日)
参拝:2020年10月吉日
安徳天皇御霊跡「岩崎神社」
R447から「野間の大けやき」の道を西に入って野間川沿いにまっすぐ進だりして、来見山にあって畑の前。離合不可な程度の道。
神社の前か、境内に駐車できるスペースがある。
神門?で、横に長々と由緒書き。神門をくぐり道なりに山道を登り、左側奥に拝殿。両サイドの武士がカラフル。山道右側に末社?
来見山は拝殿以外何もない細い山というか高台、周囲は背の高い細い木で景色は良くない。
寿永四年壇ノ浦の戦いで滅んだ平家一門だが、安徳天皇が、藤原経房ら四名の侍従を連れてこの地に潜伏したとされる。
潜伏したが、翌年文治二年に崩御し、遺体を来見山に調度品と埋めて神社を建立。藤原経房の遺書が江戸時代に見つかり、神社下から養和元年の調度品が出土したことから、御霊跡地と言われる。調度品は東京国立博物館へ。
能勢町は平家の落人伝説がある地の一つ。自然が多く隠れるのにはいい場所なのか。
お天気が良かったのですぐ近くの野間の大ケヤキは人がいっぱいだった。
R447から「野間の大けやき」の道を西に入って野間川沿いにまっすぐ進だりして、来見山にあって畑の前。離合不可な程度の道。
神社の前か、境内に駐車できるスペースがある。
神門?で、横に長々と由緒書き。神門をくぐり道なりに山道を登り、左側奥に拝殿。両サイドの武士がカラフル。山道右側に末社?
来見山は拝殿以外何もない細い山というか高台、周囲は背の高い細い木で景色は良くない。
寿永四年壇ノ浦の戦いで滅んだ平家一門だが、安徳天皇が、藤原経房ら四名の侍従を連れてこの地に潜伏したとされる。
潜伏したが、翌年文治二年に崩御し、遺体を来見山に調度品と埋めて神社を建立。藤原経房の遺書が江戸時代に見つかり、神社下から養和元年の調度品が出土したことから、御霊跡地と言われる。調度品は東京国立博物館へ。
能勢町は平家の落人伝説がある地の一つ。自然が多く隠れるのにはいい場所なのか。
お天気が良かったのですぐ近くの野間の大ケヤキは人がいっぱいだった。
すてき
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