ひめじまじんじゃ
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楽しみ方姫嶋神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年05月13日(水) 01時36分05秒
参拝:2026年5月吉日
所在地
大阪府大阪市西淀川区姫島4丁目14-2
主祭神
阿迦留姫命・住吉大神
社格等
旧郷社
別名
やりなおし神社
例祭
2月20日
阿加流比売神(アカルヒメノカミ)は、『古事記』にしか登場しない女神の一人。『日本書紀』や『摂津国風土記』にも同一神と思われる似通った説話が記載されているが神名の記述はない。
全名
阿加流比売神(アカルヒメノカミ)
別名
阿加流比売、阿迦留姫命、赤留比売命、赤留比売
別称
比売語曽神
父
太陽神
母
新羅の賤女
配偶者
天之日矛
神社
姫嶋神社
赤留比売命神社
姫社神社
比売語曽社
記紀等
古事記(日本書紀、摂津国風土記)
『古事記』では新羅王の子である天之日矛(あめのひぼこ)によって一時その正妻とされた。『日本書紀』では意富加羅国王の子である都怒我阿羅斯等(つぬがあらしと)が追いかける童女のエピソードがあり、天之日矛と阿加流比売神の物語と類同、類似した物語になっているがその童女が阿加流比売なのかどうか名前の記述は無い。記紀では国名も夫の名も異なっている。
神名の「阿加流」は「明る」で「比売」への美称と解し、名義は「色美しくつやのある女性」と考える説もある。また日の出の太陽を表す赤い瑪瑙の玉の化身とする説もある。
古事記
『古事記』では応神天皇記に記述がある。
昔、新羅のアグヌマ(阿具奴摩、阿具沼)という沼で女が昼寝をしていると、その陰部に日の光が虹のようになって当たった。すると女はたちまち娠んで、赤い玉を産んだ。その様子を見ていた男は乞い願ってその玉を貰い受け、肌身離さず持ち歩いていた。ある日、男が牛で食べ物を山に運んでいる途中、天之日矛と出会った。天之日矛は、男が牛を殺して食べるつもりだと勘違いして捕えて牢獄に入れようとした。男が釈明をしても天之日矛は許さなかったので、男はいつも持ち歩いていた赤い玉を差し出して、ようやく許してもらえた。天之日矛がその玉を持ち帰って床に置くと、玉は美しい娘になった。
天之日矛は娘を正妻とし、娘は毎日美味しい料理を出していた。しかし、ある日奢り高ぶった天之日矛が妻を罵ったので、親の国に帰ると言って小舟に乗って難波の津に逃げてきた。その娘は、難波の比売碁曾の社に鎮まる阿加流比売神であるという。
創建不明。当地は難波八十島の姫島の旧地で、『摂津風土記』に女神が新羅より遁れて来た比売島松原をこの地とする説がある。
明治5年(1872年) - 郷社に列す。
明治43年(1910年) - 鷺洲の鼻川神社を合祀。
大正2年(1913年) - 神饌幣帛料供進社に指定される。
大正13年(1924)
境内
元楯社
金比羅宮
稲荷神社
楠大神
(由緒:現地案内板より)
阿迦留姫命と住吉大神を祀る。創建年代は不明。
豊臣秀吉の時代に一時は住吉神社と称したが、明和三年に社名を元に戻す。
ご祭神阿迦留姫命は『古事記』によると「赤い玉より生まれた美人で、新羅の王子、天之日矛と結構。
常に美食を用意して仕えたが、高慢な夫の態度に耐えきれず、難波に逃げ帰った」とある。
また『摂津国風土記』逸文には「新羅の女神が夫のもとを逃れ、筑紫の国の伊波比の比売島(大分県姫島)に
暫くいたが、ここは新羅から近いので、きっと夫が追いかけてくるにちがいないと摂津の国に移り住んだ。
そしてもといた島の名をとって比売島と名付けた」とある。
姫島は難波八十島の一つで阿迦留姫命が留まった比売島がこの地にあたると伝えられてきた。
古老の話によると、ヒメが訛ってヒエ(稗)島と呼ばれ、ヘジマと発音していたという。
また、この地は木綿織がさかんで、女性は三巾前掛をして、よく働いたと伝えられている。
ただし大阪で木綿の栽培が始まったのは戦国時代といわれ、史実と異なるが、
このような伝承が残っているのも阿迦留姫命をこの地の産土神として、人々が大切に松ってきたからであろう。
境内には姫島後に関する万葉歌碑がある。 「妹が名は千代に流れん姫島の小松が末に苔むすまでに」
妹は、この地で亡くなった乙女を作者が親しみをこめて表したもので、あなたの名はいつまでも世に語り伝えられる
であろうと詠んだ。
姫嶋神社は、「決断と行動の神様」と呼ばれる阿迦留姫命(アカルヒメノミコト)を主祭神としてお祀りしている神社です。 「古事記」によると、阿迦留姫命は新羅の王子の妻となりましたが、夫の高慢な態度に愛想をつかして難波へ逃避行し、その際に留まった摂津の国を「比売島」と名付けたそうです。
はじまりの碑とは?
神武天皇遥拝所にある石の碑です。神武天皇は初代天皇であり、日本のはじまりと言われていることから「はじまりの碑」となっています。
また、この石には遥拝石(遠く離れた神様を拝む石)の役割とは別に、御祭神である阿迦留姫命(アカルヒメノミコト)のご神徳が注がれており、決断をして新たな出発が順風満帆に進むようにと願う祈願所でもあります。
l 帆立絵馬とは?
はじまりの碑には、様々な目標や願い事が書かれた帆立絵馬がかけられています
帆立とは、泳いでる姿がまるで帆を立てて進む船のようである事に由来します。
そのような帆立を絵馬にすることで、御祭神である阿迦留姫命が夫から船で逃れ姫島の地で再出発されたように、みなさまの新しいスタートも順風満帆に進むようにという願いが込められています。
l 断ち玉(たちだま)とは?
碑の前には、いくつかの「たち玉」という赤い玉が転がっています。たち玉とは
新しいスタートを切る時や目標・願い事を叶える為に、断ち切らなければいけないことや物(例:弱気な自分や浪費癖、お酒など)を念じ、その玉を碑の上部に空いた穴を通すことで封じ込めておくというものです。
御祭神の阿迦留姫命は赤い玉から生まれた事から、姫嶋神社では赤い玉は縁起がいいものとされています。
姫嶋神社
〒555-0033
大阪市西淀川区姫島4-14-2
TEL:06-6471-5230
FAX:06-6471-5238
#今日から開運 #歴史 #やりなおし神社#姫嶋神社
大阪府大阪市西淀川区姫島4丁目14-2
主祭神
阿迦留姫命・住吉大神
社格等
旧郷社
別名
やりなおし神社
例祭
2月20日
阿加流比売神(アカルヒメノカミ)は、『古事記』にしか登場しない女神の一人。『日本書紀』や『摂津国風土記』にも同一神と思われる似通った説話が記載されているが神名の記述はない。
全名
阿加流比売神(アカルヒメノカミ)
別名
阿加流比売、阿迦留姫命、赤留比売命、赤留比売
別称
比売語曽神
父
太陽神
母
新羅の賤女
配偶者
天之日矛
神社
姫嶋神社
赤留比売命神社
姫社神社
比売語曽社
記紀等
古事記(日本書紀、摂津国風土記)
『古事記』では新羅王の子である天之日矛(あめのひぼこ)によって一時その正妻とされた。『日本書紀』では意富加羅国王の子である都怒我阿羅斯等(つぬがあらしと)が追いかける童女のエピソードがあり、天之日矛と阿加流比売神の物語と類同、類似した物語になっているがその童女が阿加流比売なのかどうか名前の記述は無い。記紀では国名も夫の名も異なっている。
神名の「阿加流」は「明る」で「比売」への美称と解し、名義は「色美しくつやのある女性」と考える説もある。また日の出の太陽を表す赤い瑪瑙の玉の化身とする説もある。
古事記
『古事記』では応神天皇記に記述がある。
昔、新羅のアグヌマ(阿具奴摩、阿具沼)という沼で女が昼寝をしていると、その陰部に日の光が虹のようになって当たった。すると女はたちまち娠んで、赤い玉を産んだ。その様子を見ていた男は乞い願ってその玉を貰い受け、肌身離さず持ち歩いていた。ある日、男が牛で食べ物を山に運んでいる途中、天之日矛と出会った。天之日矛は、男が牛を殺して食べるつもりだと勘違いして捕えて牢獄に入れようとした。男が釈明をしても天之日矛は許さなかったので、男はいつも持ち歩いていた赤い玉を差し出して、ようやく許してもらえた。天之日矛がその玉を持ち帰って床に置くと、玉は美しい娘になった。
天之日矛は娘を正妻とし、娘は毎日美味しい料理を出していた。しかし、ある日奢り高ぶった天之日矛が妻を罵ったので、親の国に帰ると言って小舟に乗って難波の津に逃げてきた。その娘は、難波の比売碁曾の社に鎮まる阿加流比売神であるという。
創建不明。当地は難波八十島の姫島の旧地で、『摂津風土記』に女神が新羅より遁れて来た比売島松原をこの地とする説がある。
明治5年(1872年) - 郷社に列す。
明治43年(1910年) - 鷺洲の鼻川神社を合祀。
大正2年(1913年) - 神饌幣帛料供進社に指定される。
大正13年(1924)
境内
元楯社
金比羅宮
稲荷神社
楠大神
(由緒:現地案内板より)
阿迦留姫命と住吉大神を祀る。創建年代は不明。
豊臣秀吉の時代に一時は住吉神社と称したが、明和三年に社名を元に戻す。
ご祭神阿迦留姫命は『古事記』によると「赤い玉より生まれた美人で、新羅の王子、天之日矛と結構。
常に美食を用意して仕えたが、高慢な夫の態度に耐えきれず、難波に逃げ帰った」とある。
また『摂津国風土記』逸文には「新羅の女神が夫のもとを逃れ、筑紫の国の伊波比の比売島(大分県姫島)に
暫くいたが、ここは新羅から近いので、きっと夫が追いかけてくるにちがいないと摂津の国に移り住んだ。
そしてもといた島の名をとって比売島と名付けた」とある。
姫島は難波八十島の一つで阿迦留姫命が留まった比売島がこの地にあたると伝えられてきた。
古老の話によると、ヒメが訛ってヒエ(稗)島と呼ばれ、ヘジマと発音していたという。
また、この地は木綿織がさかんで、女性は三巾前掛をして、よく働いたと伝えられている。
ただし大阪で木綿の栽培が始まったのは戦国時代といわれ、史実と異なるが、
このような伝承が残っているのも阿迦留姫命をこの地の産土神として、人々が大切に松ってきたからであろう。
境内には姫島後に関する万葉歌碑がある。 「妹が名は千代に流れん姫島の小松が末に苔むすまでに」
妹は、この地で亡くなった乙女を作者が親しみをこめて表したもので、あなたの名はいつまでも世に語り伝えられる
であろうと詠んだ。
姫嶋神社は、「決断と行動の神様」と呼ばれる阿迦留姫命(アカルヒメノミコト)を主祭神としてお祀りしている神社です。 「古事記」によると、阿迦留姫命は新羅の王子の妻となりましたが、夫の高慢な態度に愛想をつかして難波へ逃避行し、その際に留まった摂津の国を「比売島」と名付けたそうです。
はじまりの碑とは?
神武天皇遥拝所にある石の碑です。神武天皇は初代天皇であり、日本のはじまりと言われていることから「はじまりの碑」となっています。
また、この石には遥拝石(遠く離れた神様を拝む石)の役割とは別に、御祭神である阿迦留姫命(アカルヒメノミコト)のご神徳が注がれており、決断をして新たな出発が順風満帆に進むようにと願う祈願所でもあります。
l 帆立絵馬とは?
はじまりの碑には、様々な目標や願い事が書かれた帆立絵馬がかけられています
帆立とは、泳いでる姿がまるで帆を立てて進む船のようである事に由来します。
そのような帆立を絵馬にすることで、御祭神である阿迦留姫命が夫から船で逃れ姫島の地で再出発されたように、みなさまの新しいスタートも順風満帆に進むようにという願いが込められています。
l 断ち玉(たちだま)とは?
碑の前には、いくつかの「たち玉」という赤い玉が転がっています。たち玉とは
新しいスタートを切る時や目標・願い事を叶える為に、断ち切らなければいけないことや物(例:弱気な自分や浪費癖、お酒など)を念じ、その玉を碑の上部に空いた穴を通すことで封じ込めておくというものです。
御祭神の阿迦留姫命は赤い玉から生まれた事から、姫嶋神社では赤い玉は縁起がいいものとされています。
姫嶋神社
〒555-0033
大阪市西淀川区姫島4-14-2
TEL:06-6471-5230
FAX:06-6471-5238
#今日から開運 #歴史 #やりなおし神社#姫嶋神社
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神道YouTuber 偽ロマンスグレーヘア(シルバーアッシュに染めてます)の唯一無二のイケおじYouTuber 御朱印ライダーとして月間に30社以上参拝し、遠隔参拝として神社仏閣に直接参拝出来な...もっと読む
ホトカミ見ました! で広がるご縁
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神主さんも、ホトカミを通じてお参りされる方がいるんだなぁと、ホトカミ無料公式登録して、情報を発信しようという気持ちになるかもしれませんし、
「ホトカミ見ました!」きっかけで豊かな会話が生まれたら、ホトカミ運営の私たちも嬉しいです。

























