さいしょうじ
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最勝寺のお参りの記録(1回目)
投稿日:2017年10月06日(金)
参拝:2017年10月吉日
公式HPを探したら墓地販売HPしか出てこなかったです。
多分、区画整理して墓地を増やしたのでしょうね。あるいは、無縁さんが増えてしまったか・・・。
しかし昨今、なかなか墓地を欲しいと思われる方も少なくなって来てはいますね。なにしろその墓地を守る跡取りさんが減って来てますからね。
それはさておき、ここも阿弥陀巡礼の一つになるようですね。
「元和5年(1619)9月念誉魯休上人が創建。文政年間(1818~1829)海融上人が境内伽藍を再建整備した。」とありますが大阪大空襲で全部焼けてしまったのだそうです。その後再建されましたが、何故か2011年に老朽建物を撤去の上、新本堂を建立した。加えて納骨・永代供養塔である釈迦牟尼仏立像を造立したのだそうです。
代替わりでもしたのでしょうか・・・。
ご本尊は阿弥陀如来立像ですが、「本堂には他に勝利を願う最勝観音菩薩立像が安置され、尊信を集めている。全身黒色・盛高の髪・埴輪のような目・長い輪の耳を有する、印象深い尊像である。 」
こっちの方が気になります。
埴輪のような目って・・・。
江戸期の家相家松浦東鶏、明治の織物機械開発者岸田直次郎、「踊り子」等の作詞家喜志邦三らの墓がある
多分、区画整理して墓地を増やしたのでしょうね。あるいは、無縁さんが増えてしまったか・・・。
しかし昨今、なかなか墓地を欲しいと思われる方も少なくなって来てはいますね。なにしろその墓地を守る跡取りさんが減って来てますからね。
それはさておき、ここも阿弥陀巡礼の一つになるようですね。
「元和5年(1619)9月念誉魯休上人が創建。文政年間(1818~1829)海融上人が境内伽藍を再建整備した。」とありますが大阪大空襲で全部焼けてしまったのだそうです。その後再建されましたが、何故か2011年に老朽建物を撤去の上、新本堂を建立した。加えて納骨・永代供養塔である釈迦牟尼仏立像を造立したのだそうです。
代替わりでもしたのでしょうか・・・。
ご本尊は阿弥陀如来立像ですが、「本堂には他に勝利を願う最勝観音菩薩立像が安置され、尊信を集めている。全身黒色・盛高の髪・埴輪のような目・長い輪の耳を有する、印象深い尊像である。 」
こっちの方が気になります。
埴輪のような目って・・・。
江戸期の家相家松浦東鶏、明治の織物機械開発者岸田直次郎、「踊り子」等の作詞家喜志邦三らの墓がある
すてき
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