あにじんじゃ
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安仁神社ではいただけません
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安仁神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2023年04月23日(日)
参拝:2023年4月吉日
【令和五年四月十一日参拝】
安仁神社
御祭神
五瀬命(いつせのみこと、初代 神武天皇の長兄)
稲氷命(いなひのみこと、同 次兄)
御毛沼命(みけぬのみこと、同 三兄)
ご利益
国土安全・国家安泰・五穀豊穣・海上安全・交通安全・商売繁盛・家内安全・厄除開運・身体健全・無病息災・延命長寿・学業成就をはじめ、心願成就など諸願の成就
社格等
式内社(名神大) 旧備前国一宮
元国幣中社 別表神社
〜安仁神社HPより~
当社の創立年月日は不詳である。
「続日本後紀」の承和8年(841)2月8日の条に『安仁神預名神焉(あにのかみみょうじんにあづかる)』とあるのが初見で、「延喜式神名帳」に備前国名神大社とある。
古くは「兄神社」又は「久方宮(ひさかたのみや)」と称したとも伝えられている。
この社地は、宮城山(みやしろやま)、別名鶴山といい、元宮は標高80メートル位の頂上にあった。
その後、備前藩主池田家の祈願所として現在の地に鎮座した。
明治4年国幣中社に列せられ勅使の御参向があった。
大正15年皇太子殿下が行啓され、祈年祭・新嘗祭・例大祭には幣帛供進使の参向などがあり、戦前(大東亜戦争まで)は荘厳で隆盛な神域であった。
昔はこの鶴山の麓まで海であり、入江の奥の良港だった。
後方の山には磐座や列石があり、古代の祭祀跡と見られるところに、神武東征の船の「ともづな」を掛けたといわれる「綱掛石神社」などがある。
〜岡山県神社庁HPより~
安仁神社
御祭神
五瀬命(いつせのみこと、初代 神武天皇の長兄)
稲氷命(いなひのみこと、同 次兄)
御毛沼命(みけぬのみこと、同 三兄)
ご利益
国土安全・国家安泰・五穀豊穣・海上安全・交通安全・商売繁盛・家内安全・厄除開運・身体健全・無病息災・延命長寿・学業成就をはじめ、心願成就など諸願の成就
社格等
式内社(名神大) 旧備前国一宮
元国幣中社 別表神社
〜安仁神社HPより~
当社の創立年月日は不詳である。
「続日本後紀」の承和8年(841)2月8日の条に『安仁神預名神焉(あにのかみみょうじんにあづかる)』とあるのが初見で、「延喜式神名帳」に備前国名神大社とある。
古くは「兄神社」又は「久方宮(ひさかたのみや)」と称したとも伝えられている。
この社地は、宮城山(みやしろやま)、別名鶴山といい、元宮は標高80メートル位の頂上にあった。
その後、備前藩主池田家の祈願所として現在の地に鎮座した。
明治4年国幣中社に列せられ勅使の御参向があった。
大正15年皇太子殿下が行啓され、祈年祭・新嘗祭・例大祭には幣帛供進使の参向などがあり、戦前(大東亜戦争まで)は荘厳で隆盛な神域であった。
昔はこの鶴山の麓まで海であり、入江の奥の良港だった。
後方の山には磐座や列石があり、古代の祭祀跡と見られるところに、神武東征の船の「ともづな」を掛けたといわれる「綱掛石神社」などがある。
〜岡山県神社庁HPより~
安仁神社の御朱印 不在時も書き置き対応されています。
入口
備前焼の阿形の狛犬さん
吽形の狛犬さん
狛犬さん達…焼き物なので、ひび割れしてる部分もありますが、大事に大事に修復されてます。
一の鳥居
二の鳥居
阿形の狛犬さん
吽形の狛犬さん
随神門
拝殿
左横から見たところ…
本殿裏から回って、本殿右脇から📸
拝殿前に戻る前に斜め裏側から📸
左奥側が拝殿です。
右浦神社
お花の飾り瓦
木が沢山あり、良い風が吹いていて…癒やされます🌳🌳🌳
荒神社
飾り瓦は打出の小槌
瀧神社遙拝所
御神水と書いてありますが、水は出てませんでした。
水神様の祠
稲荷神社🦊
左浦神社
絵馬掛け所と右側は確か手水舎だったかな😅
ヒマラヤスギの松ぼっくり
確かにバラのような可愛らしさです🌹
こういう心遣い…ほっこりしますよね🥰
遠いのでなかなか行けないけど、またゆっくりお参りしたいです☺️
すてき
投稿者のプロフィール
珊瑚223投稿
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