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いしいじんじゃ

石井神社の御由緒・歴史
大分県 光岡駅

ご祭神《主》止波宿禰
ご由緒

邪馬台国があったと考えられる候補地の一つ、日田市に鎮座する社。すぐ近くの會所神社の背後の山頂(中腹には久津媛神社が鎮座)には環状列石があったとされます。
日田市の中心を流れる「三隅川」は、遡ったすぐの日高で「金銀錯篏珠龍紋鉄鏡」という中国漢代の鉄鏡が出土した「ダンワラ古墳」があり、さらに上流に向かうと磐座と考えられる巨石が点在(いずれも現地未確認)、そして源流は阿蘇山。一方下流に向かうと景行天皇ゆかりの「浮羽(うきは)」、宮地嶽神社(記事未作成)のある久留米を通過し有明海へ(下流では「筑後川」)。
また支流の花月川の外れには、卑弥呼の居館跡とも言われる「小迫辻原遺跡」。さらに日田の盆地では、1万年前ではないかと推定される稲作跡の遺跡が発見されています。
◎このような古代史跡が集中する古代日田の中心地に鎮座。そして当初の御神体は銅鉾二口。弥生時代後期のものとされています。現在一口は別の神社に、一口は博物館に。
◎ご祭神は日田(比多)国造の鳥羽宿禰。第13代成務天皇五年に初代として派遣されています。「先代旧事本紀」には葛城国造と同祖であり、止波足泥とも記されます。葛城国造は高皇産霊命の五世孫剣根命が任命されています。剣根命七世孫。
この鳥羽宿禰の居館と塚(古墳)が會所山にあるとされます。そして鳥羽宿禰が創建に携わったのが會所神社(久津媛神社の元社)。第12代景行天皇が熊襲征伐の後、立ち寄り合議したことから名付けられた「會所」。そのゆかりの地に住んだようです。当社も元々は會所山に鎮座していたのを、現社地へ遷座させたという説も。
◎鳥羽宿禰に関して「日田神社蒐集録」という書に詳しいらしく、恐縮ながらネット資料から引用します。そこには、鳥羽宿禰が景行天皇と久津媛を祀り、久津媛が治めていた日田の平坦地と五馬姫(詳細不明)が治めていた山間部を統一。後に日田郡民を率いて神功皇后三韓征伐で大功を立てたとあります。
◎話題に上ることの少ない寂れた古社でありながら、古代を探る上では欠かせない一社であるかと思います。また周辺の神社等を探ることで見えてくるものがかなりあるような印象を持っています。

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