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2025年02月20日(木) 14時32分 byサンダー

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ご由緒
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人皇第65代花山天皇の御宇、寛和元年(985年)12月、従五位下 紀兼貞朝臣(紀田家の祖)が勅宣を奉じて、伝灯大法師(南都大安寺の行教和尚の直弟)と共に京都男山石清水八幡宮若宮四所の御尊像を守護し奉り、この豊後国速見津郡八坂郷に下向致しました。下司村柏島に鎮座し奉ったのがその最初で、今を遡ること壱千有余年の昔のことであります。
元来、この八坂郷は宇佐の神領に属していたが、石清水八幡宮が京都男山に御鎮座になると共に、貞観の頃から石清水八幡宮の神領となりました。しかし、土地は京都から遠隔であるし、海路暴風とか海賊などの災いもしばしばであり、貢物の輸送もなかなか意に任せられませんでした。ここに畏くも宇多天皇の第9皇子の一品式部卿敦実親王が、この途中の平安と神領地の五穀の益々の豊穣を熱願されて、御手づから八幡大神の若宮即ち大鷦鷯尊(おおさざきのみこと)、菟道稚郎子(うじのわきいらつこ)、宇礼姫(うれひめ)、久礼姫(くれひめ)の四柱の御尊像を白檀木に奉彫され、延喜14年(914年)8月、仁和寺で開眼供養を遊ばし、これを石清水八幡宮の神殿に奉安せられました。当社は即ちこの四所の御尊像を奉遷申し上げたもので、今なお壱千有余年の御神威をそのままに御神殿の奥深く鎮まりまして居られるのであります。
編集後
人皇第65代花山天皇の御宇、寛和元年(985年)12月、従五位下 紀兼貞朝臣(紀田家の祖)が勅宣を奉じて、伝灯大法師(南都大安寺の行教和尚の直弟)と共に京都男山石清水八幡宮若宮四所の御尊像を守護し奉り、この豊後国速見津郡八坂郷に下向致しました。下司村柏島に鎮座し奉ったのがその最初で、今を遡ること壱千有余年の昔のことであります。
元来、この八坂郷は宇佐の神領に属していたが、石清水八幡宮が京都男山に御鎮座になると共に、貞観の頃から石清水八幡宮の神領となりました。しかし、土地は京都から遠隔であるし、海路暴風とか海賊などの災いもしばしばであり、貢物の輸送もなかなか意に任せられませんでした。ここに畏くも宇多天皇の第9皇子の一品式部卿敦実親王が、この途中の平安と神領地の五穀の益々の豊穣を熱願されて、御手づから八幡大神の若宮即ち大鷦鷯尊(おおさざきのみこと)、菟道稚郎子(うじのわきいらつこ)、宇礼姫(うれひめ)、久礼姫(くれひめ)の四柱の御尊像を白檀木に奉彫され、延喜14年(914年)8月、仁和寺で開眼供養を遊ばし、これを石清水八幡宮の神殿に奉安せられました。当社は即ちこの四所の御尊像を奉遷申し上げたもので、今なお壱千有余年の御神威をそのままに御神殿の奥深く鎮まりまして居られるのであります。
メールアドレス
編集後
info@kintakayama.com1月
ご祭神/ご本尊
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大鷦鷯尊(おおさざきのみこと) 
菟道稚郎子(うじのわきいらつこ) 
宇礼姫(うれひめ) 
久礼姫(くれひめ)
編集後
大鷦鷯尊(おおさざきのみこと) 
菟道稚郎子(うじのわきいらつこ) 
宇礼姫(うれひめ) 
久礼姫(くれひめ)
URL
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https://kintakayama.com/
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https://kintakayama.com
Introduction
駐車場
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あり
参拝所要時間
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20分
参拝料
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なし
行事
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1月1日 歳旦祭
3月彼岸中日 春季祖霊祭
4月6日 祈念祭・御田植祭
6月30日 夏越大祓
9月彼岸中日 秋季祖霊祭
11月23日 新嘗祭
12月第1土曜、日曜 例大祭
12月31日 年越大祓・除夜祭
文化財
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境内林 県指定天然記念物
御田植祭 県指定無形民俗文化財
若宮楽 県指定無形民俗文化財
大額 市指定有形文化財
棟札 市指定有形文化財
石造物群 市指定有形文化財
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