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金峯山修験本宗
【奈良県 吉野町】(なんちょうみょうほういん)
南北朝時代、延元元(1336)年「後醍醐天皇」は、京都の「花山院」を脱出され吉野に潜幸されました。南朝は「吉野行宮(よしののあんぐう)」として「吉水院」に入られ行在所とされましたが、金峯山寺の塔頭・実城寺を「金輪王寺」と改名して皇居とされ寺号を「金輪寺」と改められました。この寺は、明治初年に廃仏毀釈で廃寺になり、建物一円も取り払われました。その跡に昭和33(1958)年、現在の公園として整備され第二次大戦での戦没者追悼の施設として南朝妙法殿が建設されました。
イベントの和太鼓の演奏が始まったので更に人が増えて来たので再び歩きだしました。 蔵王堂から少し歩くき聖仏舎利宝殿の奥に妙法院様が見えて来ます。
妙法院様は南朝の四帝と忠臣達をお祀りし第二次世界大戦の戦死者と有縁無縁の霊を合祀する三重塔として1958年に建立されました。 妙法院様には、かつては後醍醐天皇が行在所とした実城寺がありました。妙法院には実城寺の本尊の安木造釈迦如来坐像がお祀りされています。
金峯山寺境内の塔頭です。 脳天大神龍王院への参道の手前にあります。
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