参拝しました。 ご由緒 仁徳天皇御世、 大和国十市郡刑坂川之辺有竹田神社。 因以為氏神。 同属住焉 緑太美。 供御箸竹。 因茲賜竹田川辺連」とあり、仁徳天皇の御代以前に竹田氏が祖神の火明命をここにまつって氏神としていたので、川辺連の本貫地に創祀されたことになる。延喜式内社である。『大和志』に「今称三十八社」とある。大同三年(808)五月甲甲安部真直と出雲連広貞等に詔して撰せしめられたと『川乃反薬』『太計太薬』『楚武川薬』について同連家に世々伝わる秘方が記されている。例祭は十月二十五日。かっては旧暦七月十五日に松明祭が境内で実施されたが、今廃絶している。
-奈良県史(神社)より-