すみよしじんじゃ
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方住吉神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年06月23日(火) 21時08分56秒
参拝:2026年5月吉日
住吉神社は奈良市にある神社です。
猿沢の池を南下した住宅街にありました。
民家と駐車場に挟まれた細長い境内ですが 玉垣(塀)が朱色で目立ちます。
残念ながら玉垣の戸には鍵がかけられていて 境内に入ることはできませんでした。
戸が格子になっているので中の様子は伺うことができました。
じぃぃ~っと覗いてみますと 鳥居と拝殿があることは分かりました。
奥にちらっと見えるのが本殿だと思うのですが 台座にも本殿扉にも絵が描かれていました。
少し 「らしくない」本殿でした。
由緒の書かれた駒札がありました。
由緒書には
当社の御鎮座年月は詳ならざるも 往古元興寺境内勝南院に鎮座さる。
宝徳2年 元興寺と興福寺の争いに焼失。
焼跡に民家建て連なり 誰言うとなく現在地に祠を造り住吉四社大神を祀り 町名を勝南院とし 安産・町内安全・無病息災・商売繁盛を祈願し今日に至る。
蔵王権現は明治末期より大正初期に町内の誰かが密かに本殿に祀る。
と書かれていました。
びっくり!ウィキ情報です。
主祭神は住吉大神・蔵王権現
元興寺の一院であった仙光院が衰えたのち 勝南院が建立されたが その勝南院内に古くから鎮座していたという。
宝徳2年(1450年) 元興寺と興福寺の争いを起因とする火難に会い その跡は人家で占められるようになった。
そのため 現在地に住吉大神を祀る祠を建て 町名を勝南院町とし 町内の安全や商売繁盛を祈願するようになったという。
一説に 当社にあった古井戸において 毎年3月3日に潮波が湧き出したことより その井戸を「汐浪井」と呼ぶようになり それが転じて「勝南院」と呼ぶようになったともいう。
例祭は7月31日 御霊神社宮司が執り行う。
猿沢の池を南下した住宅街にありました。
民家と駐車場に挟まれた細長い境内ですが 玉垣(塀)が朱色で目立ちます。
残念ながら玉垣の戸には鍵がかけられていて 境内に入ることはできませんでした。
戸が格子になっているので中の様子は伺うことができました。
じぃぃ~っと覗いてみますと 鳥居と拝殿があることは分かりました。
奥にちらっと見えるのが本殿だと思うのですが 台座にも本殿扉にも絵が描かれていました。
少し 「らしくない」本殿でした。
由緒の書かれた駒札がありました。
由緒書には
当社の御鎮座年月は詳ならざるも 往古元興寺境内勝南院に鎮座さる。
宝徳2年 元興寺と興福寺の争いに焼失。
焼跡に民家建て連なり 誰言うとなく現在地に祠を造り住吉四社大神を祀り 町名を勝南院とし 安産・町内安全・無病息災・商売繁盛を祈願し今日に至る。
蔵王権現は明治末期より大正初期に町内の誰かが密かに本殿に祀る。
と書かれていました。
びっくり!ウィキ情報です。
主祭神は住吉大神・蔵王権現
元興寺の一院であった仙光院が衰えたのち 勝南院が建立されたが その勝南院内に古くから鎮座していたという。
宝徳2年(1450年) 元興寺と興福寺の争いを起因とする火難に会い その跡は人家で占められるようになった。
そのため 現在地に住吉大神を祀る祠を建て 町名を勝南院町とし 町内の安全や商売繁盛を祈願するようになったという。
一説に 当社にあった古井戸において 毎年3月3日に潮波が湧き出したことより その井戸を「汐浪井」と呼ぶようになり それが転じて「勝南院」と呼ぶようになったともいう。
例祭は7月31日 御霊神社宮司が執り行う。
すてき
投稿者のプロフィール
くるくるきよせん3592投稿
「すてき」 をくださるみなさま、ありがとうございます。 拙い投稿ですのに、本当に感謝しかありません。 2022年の正月に、ふと思い立って古都の寺社巡りを始めました。 由緒書きを読んだり、お話を伺...もっと読む
ホトカミ見ました! で広がるご縁
ホトカミを見てお参りされた際は、もし話す機会があれば神主さんに、「ホトカミ見てお参りしました!」とお伝えください。
神主さんも、ホトカミを通じてお参りされる方がいるんだなぁと、ホトカミ無料公式登録して、情報を発信しようという気持ちになるかもしれませんし、
「ホトカミ見ました!」きっかけで豊かな会話が生まれたら、ホトカミ運営の私たちも嬉しいです。










