うねめじんじゃ
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楽しみ方采女神社のお参りの記録一覧
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今月、中秋の名月には采女祭があるのだが、その日に合わせることはできないが、写真等で想像しました。小説で紹介されていたので楽しみにしていましたが、本当に小さな神社でした。春日大社の境外末社で、猿沢池の西北畔に鎮座しています。社殿は西向きなので池側から見ると背面しか見ることができません。御祭神は采女命とされています。奈良時代、天皇の寵愛が衰えたことを嘆いた天御門の女官(采女)が猿沢池に入水し(采女伝説)、この霊を慰めるために建立されたのが采女神社の起こりとされる。入水した池を見るのは忍びないと、一夜にして社殿が西を向き、池に背を向けたという伝説が残っています。こちらは当初の予定通り参拝のみにしました。
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毎年旧暦8月15日に猿沢の池で行われる「観月祭・采女祭」です。
今年は10月4日に行われると思いますので、また調べて掲示板の行事スレッドに上げておきます。
この小社は真っ赤な社にもかかわらず普段閉まっているので、あまり注目を浴びていない神社ですが、この日だけは違います(笑)
龍船が猿沢の池に何艘も浮かび、平安絵巻さながらに雅に執り行われます。
保存会の方々がこの神社をお祀りし、このような行事をされているのですが春日大社の飛び地末社(境外末社って言うのかな?)にあたります。
御朱印は無いのだそうですがよくわかりません。
この日夕刻から夕涼みがてら池のほとりに座り込んで、日が落ちるとかがり火が焚かれ、幽玄の時を味わわせて頂きました。
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最初に書いておきます。
春日大社の境外末社ですが、春日大社でも御朱印は取り扱ってないとの回答をいただきました。
なので采女神社の御朱印は書き置きも直書きもありません。
由緒
『元要記』によると、当社は権中納言藤原朝臣良世卿の建立で、興南院権僧正快祐勧請と記されている。
1902年(明治35年)11月に土塀を撤去し建築したため、現在は東と北に瑞垣を巡らせている。
采女伝説と采女祭
奈良時代、天皇の寵愛が衰えたことを嘆いた天御門の女官(采女)が猿沢池に入水し(采女伝説)、この霊を慰めるために建立されたのが采女神社の起こりとされる。
入水した池を見るのは忍びないと、一夜にして社殿が西を向き、池に背を向けたという。
旧暦8月15日の例祭は采女祭と呼ばれ、この采女の霊を慰めるために執り行われる。
全く同じ名前で福島県郡山市にも采女神社があり、そちらにも同じく亡き恋人を追って身を投げたと伝わる「山ノ井清水」や、「采女塚」がある。
そちらの伝承の話も加筆しておく。
福島県の采女神社⛩️
安積采女命-(郡山うねめまつりなどで知られる采女伝説の主人公 春姫)
帝の采女として葛城親王に連れられて都に上る。
我が身を犠牲にして地方民の困窮を救った采女伝説の主人公、春姫の霊を慰めるため、1956年(昭和31年)4月に片平村教育委員会、婦人会、傷痍軍人会、青年団が発起として、采女神社建設委員会が組織された。
村内外有志400名余より寄付金約30万円を集め、1957年(昭和32年)5月1日この神社が完成した。
建立場所である山ノ井農村公園には、春姫が亡き恋人を追って身を投げたと伝わる「山ノ井清水」や、「采女塚」がある。
祭神は王宮伊豆神社より分祀された。
と言う事でどちらの神社にしても悲恋の末の哀しい結末なのが伺えます。
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