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in長崎Ⅲ 2社目は金刀比羅神社⛩️です。 一ノ鳥居から山に向かってかなり15分?くらいでしょうか?歩きます。 車は一ノ鳥居の下の立山公園に置いて歩く🚶♀️ 歩く🚶♀️ 更に歩く🚶 暑いです。 汗💦かきます。タオルと水と女性は日傘が必要です。 妻は日傘を忘れ、ずっと日傘、日傘とぶつぶつ悔やんでました😅 参道は二つあり、階段と林道? 林道の方が木陰なんでそちらがお勧めですが林道入り口までの道路は現在道路工事👷♀️中。 完成後に林道入り口にパーキング🅿️を作っていただくとかなり早く到着します。
境内に到着すると別世界です。 神域というか… 。 三の鳥居⛩️をくぐると両側が土の壁で、山?を削って参道にしたって感じで、そして空気もひんやりして、パワースポットですね。
息子に案内してもらわなかったら辿り着けなかったかも。
境内のコメントは割愛します。
是非来られてください。
是非!
御朱印は書置きをいただきました。
ジョン万次郎バージョン。
帰りは階段の参道を。 長崎の街を下に見ながら絶景です。
晴れ☀️てて良かった😉 暑い😵💦ですが😅
〜 〜 〜
金比羅山という名称は、1705に吉祥院長慶が讃岐国から金比羅大権現から分霊をこの山に祀ったためである。 古くは瓊杵山(にぎさん)または崇嶽(たかだけ)と称え、天孫降臨の伝説がある。
820に神宮寺が建てられ、明治維新になって金刀比羅神社と改称した。
当社は、往時から長崎奉行をはじめ一般の信仰が篤く、特に長崎在住の華僑は、海上安全の守護神と仰いで、海上交通の安全と貿易の隆昌を祈ったという。
上宮の在る山頂には、1661黄檗僧木庵が、眺望の素晴らしさに感じて名づけた『無梵山』を刻んだ巨巌がある。 (境内の由緒板より)
主祭神
大物主神
金山毘古神
金毘羅権現
総本宮
金刀比羅宮

【肥前國 古社巡り】(長崎11社スタンプラリー / 10社目)
金刀比羅神社(ことひら~)は、長崎県長崎市西山にある神社。主祭神は大物主大神、崇徳天皇、相殿神は菅原大神。
平安時代の820年に神宮寺として創建。江戸時代中期の1705年に吉祥院長慶が讃岐国から金刀比羅大権現を勧請し、1726年には「無凡山神宮寺」と公称した。往時から長崎奉行をはじめ一般信仰も篤く、特に長崎在住の華僑が海上安全の守護神と仰いだ。明治時代に入り現在の「金刀比羅神社」と改称した。
当社は、長崎電気軌道・諏訪神社駅の北方1.5kmの、小丘の上の森の中にある。道幅の広い公道脇に立つ一の鳥居から800mほど離れた社殿までは車で行くことができず、ほとんどの道のりを歩いていくことになる。途中の参道は舗装はまずまずだが道幅が狭く、けっこうな傾斜がある部分もあり、人里離れた野山を進む感覚はプチ修験者になった気分になる。看板等はほとんどなく、辿り着くまでは不安がいっぱいになる。森の中を十分に進んだと思ったころに右側に神社が現れるがこれは境内社で、当社は参道の突き当りにある。深い森に囲まれた社殿の周りはなかなか広く、大きな社務所や境内社群がある。神聖な雰囲気は抜群。
今回は、長崎11社スタンプラリーの1社であることから参拝することに。参拝時は平日のお昼前後で、小雨がぱらついていたこともあり、自分以外には人っ子一人見掛けなかった。

高台市街地の立山公園脇にある<一の鳥居>。飛び地で鳥居だけが道路脇にポツンと立っている。

一の鳥居から歩くこと10分強、600m離れた森の入口にある<二の鳥居>。
ここまでは住宅街を抜け、人里離れた荒野を歩いている感じであったが、ここから森に入る。

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