さんのうじんじゃ
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山王神社の御朱印・御朱印帳
| 限定 | - | ||
|---|---|---|---|
| 御朱印帳にお書き入れ | |||
| 御朱印の頒布場所 | 拝殿左側の授与所 | ||
| 御朱印帳 | - | ありません | |
| 電話番号 | 095-844-1415 | ||
最新の御朱印・御朱印帳の投稿

山王神社は、長崎原爆にも耐えた片足鳥居とクスノキがあります。長崎は坂の町、神社まで少し道に迷いました。
また、長崎は尾曲り猫でも有名です。全国には、尾曲り猫は居るのですが、長崎は他の地域より割合が高い様です。


片足鳥居


クスノキ









尾曲り猫

【肥前國 古社巡り】(長崎11社スタンプラリー / 11社目 コンプリート)
山王神社(さんのう~)は、長崎県長崎市坂本にある神社。旧社格は県社。祭神は正殿が天照皇太御神、豊受比賣神、大山咋神、左殿が大物主神ほか6柱、右殿が経津主神ほか2柱。
江戸時代前期の1638年に徳川幕府老中・松平伊豆守信綱により、景勝が近江の坂本(日吉大社の所在地)に似ていることから、山王権現の勧請を進言され当地に創建された。創建時は真言宗延命寺の末寺の「白厳山観音院円福寺」と称していたが、明治に入り「山王日吉神社」、近隣の皇太神宮を合祀して「浦上皇太神宮」と改称した。1945年に米軍により投下された原子爆弾の爆心からほど近かったため壊滅的被害を受けたが、氏子をはじめとする人々の努力で復興、1949年には例祭を復活している。原爆遺物としては参道の「石製片足鳥居」や境内入口の「楠の巨木」がある。
当社は、JR長崎本線・浦上駅の北東500mの傾斜地の住宅街の中にある。平地の市街地から数十段の階段を登るとまず鳥居の半分だけが残った「石製片足鳥居」があり、住宅街の狭い道を抜けると境内がある。境内入口には「楠の巨木」があり、原爆被害の説明板が並んでいる。東西に長く参道を進むと最奥にしっかりとした社殿がある。
今回は、長崎11社スタンプラリーの1社であることから参拝することに。参拝時は平日の午後で、自分以外には特に参拝者は見掛けなかった。

境内西方の当社に向かう階段。ここを登って行くと、、、

階段の上にある<石製片足鳥居>。この場所は長崎原爆の爆心地からおよそ800m。爆風にさらされても残っている。
象徴的な原爆遺構。

片足鳥居の先の公道脇に、吹き飛んだ鳥居のパーツが置かれている。

境内西端入口全景。ここだけを見ていると、平和な感じしかしないが、、、

入口の右側にある<坂本町民原子爆弾殉難之碑>。いまでもお花やお酒、千羽鶴が供えられている。

境内入口の階段を登ると、2本の巨木が立っていて、注連縄が架かり<生鳥居>となっている。

こちらは左側の巨木<被爆クスノキ>。被爆しながらも樹勢を復活させている。素晴らしい。

左側の被爆クスノキの根元にある<狛犬>。

反対側、階段の右側の<狛犬>。

右側の巨木<被爆クスノキ>。

こちらの石は、2006年に被爆クスノキを治療した際に幹の中から出て来たもの。
爆風は秒速220m、熱線2000度と推定され、その証左として無数の石が幹の中から発見されたとのこと。

被爆クスノキの下から社殿方向を望む。参道はしばらく明るい場所を進む。

やがて、一段高いところにある社殿が見えてくる。

参道右側の<手水舎>。

<拝殿>正面。もちろん昭和戦後の再建で、丈夫なコンクリ造り。

<拝殿>内部。

拝殿から振り返った眺め。社殿周りは樹木ですっぽり覆われている。

社殿左側の様子。境内社とその鳥居が建っている。色からすると<稲荷社>かな。

拝殿後ろの<本殿>。右側は境内社の社殿。

本殿脇に佇んでいる<狛犬>。苔の生し方が非常にきれい。

反対側に行ってみると、こちらにも<狛犬>。

社殿の左側にある<神輿舎>。

拝殿の左側にある<授与所>。無人みたい。スタンプラリーのスタンプはこちら。

当社でスタンプが11個になりコンプリート。最後にもう一度<八坂神社>に行って結願印をもらうみたい。(o^―^o)

最後に、社殿近くから見た2本の<被爆クスノキ>。被爆直後は枯木同然だったが樹勢を復活し、今では東西40m、南北25mの大樹冠を形成している。長崎の復活と平和のシンボル。(^▽^)/
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